第6話 ルール決め

 猫耳女こと、ネムと一緒に住む羽目になってしまった翌日。昨日は色々と流されたせいでネムに押し切られてしまった。仕方がないが、一度決めたことは守らねばならない。今日からネムの謹慎が明けるまでのあいだ、我慢して同居生活を送らなければ。


「ッチ……あの野郎!何時になったら起きて来やがるんだ!」


 予定の時間になっても起きてこないネムに痺れを切らした俺は、彼女の部屋となっている個室の前にやってくると、何度もドアを叩き始めた。


「おい、ネム!今日は八時までに絶対に起きて来いって言っただろうが!何してるか知らんが、さっさと起きて来い!」


 あくまでこの家は俺のモノ。ここで暮らすというのであれば俺のルールに従って貰わなければならない。その話し合いを今日の八時からリビングで行うと言っておいたのに、今はもう九時を過ぎていた。


「うにゃ……ごめん」


 俺のモーニングコールでようやく部屋から出てきたネム。まだ眠いのだろうか、黒い耳をペタリと倒し、猫のように目をこすっていた。


「はぁ、たっくよぉ!取り敢えず服着替えて、顔洗ってこい!話し合いはそれからだ!」


 下着姿のネムにそう指示した後、俺は階段を下りてキッチンへと向かう。一時間前に片付けた調理器具を出し、一人分の朝食を作っていく。今日は初日という事もあって、誰でも食べられるようなサンドイッチだ。


 朝食をテーブルの上に置いていると、手洗い場から私服に着替えたネムがやって来た。顔を洗ったからか、眠気もすっかり覚めているようで、猫耳が元気に立っている。


 話し合いを始めようと椅子に座ると、ネムがテーブルの上にあるサンドイッチをジーっと見つめたまま固まっているのに気づいた。サンドイッチが俺の前ではなく、空いた席の前に置かれているため、違和感を覚えたのだろう。


「……これ、食べていいの?」


 サンドイッチを指さして不思議そうに問いかけてくるネム。面倒だと思いながらも、俺は彼女の方へサンドイッチが乗った皿を押しつけた。


「宿に泊まる金も無いって事は、どうせ飯食う金も無いんだろ?家の中で餓死されても困るし。謹慎が明けるまでの間は飯の面倒くらいみてやるよ」

「……ありがと」


 本来ならネムの為に食事を作る必要は無い。ただ金がない女の子を見捨てるほど俺の性根が腐ってないだけだ。一緒に住むと決めた期間くらい、飯の面倒見てやる甲斐性が無きゃ、『運命の奴隷ちゃん』を幸せにすることなんて出来やしないからな。


 自分の行為に少し酔いしれながら、目の前でサンドイッチを頬張るネムを見る。よほど腹が減っていたのか、多めに作ったのに殆ど食べてしまった。奴隷じゃない女の子でも、ここまで美味しそうに食べて貰えると案外嬉しいものだ。


 そう思っていた矢先、ネムが口の中から緑色の物体をペッと吐き出して皿の端っこに乗っけた。その吐き出した物体を見て、ネムは満足そうに喉を鳴らす。


 俺は最後のサンドイッチを取ろうと伸ばしたネムの手を取り、彼女の眼をジッと見つめる。ネムはバツが悪そうに視線を泳がせた後、耳をペタリと倒しながら口を開いた。


「……ネム、ピーマン好きじゃない」

「お前なぁ、こっちが慈悲で飯作ってやってんのに、好き嫌い言うんじゃねぇよ!我慢して全部食べろ!分かったな!」

「むぅ……わかった」


 俺に説教されたネムは、渋々と言った様子で皿の上に乗っけたピーマンを口の中に放り込んだ。相当嫌いだったのか、ギュッと目を閉じて、耳をピクピク揺らしながら勢いで飲み込んでいく。


 それから十分くらいして、ネムはようやく全部を食べ終えた。机の上でぐったりする彼女を尻目に、汚れた皿を洗っていく。綺麗に片付けたあと、話し合いを始めるべく、再度椅子に座りなおす。


 まだピーマンの苦みに苦しめられ、舌をベーッと出しているネムの頭を小突き、同居生活の話し合いが始まった。


「これから、同居生活におけるルールを決めるぞ!ルールを破ったら直ぐにこの家を出て行って貰うからな!」

「んんんー……わかった」


 若干嫌そうにしつつも、仕方なく受け入れるネム。無一文で放り出されるよりは、ある程度の我慢を強いられる方がマシだという事は理解できているのだろう。


 まぁ問題はそのルールなのだがな。


 正直かなり厳しめのルールにさせて貰った。あくまでも俺が彼女の食事を保証するのはこの家で同居している間のみ。ネムがルールを破り、家を出ることになった後の事なんぞ知らんというわけだ。


「それじゃあ、ルール一つ目!ネムは自分の部屋と共有スペース以外進入禁止!絶対にそれ以外の場所に入るんじゃないぞ!」

「ん。わかった」


 一つ目のルールはあっさりと受け入れて見せるネム。まぁ一つ目は守れて当然のルールだしな。別に難しいところはない。しかーし、問題は二つ目以降のルールだ。あまりの厳しさに逃げ出したくなるに決まっている。


「二つ目!念のため家の鍵はネムにも渡すが、出掛ける際は俺に何処へ行くか報告してからにすること!外出しても夜の十九時前には帰宅すること!」

「んー、わかった。問題ない」


 予想外のネムの返事に俺は目を見開く。このルールは普通の女の子にとっては大分精神的に来るルールのはずだ。思春期の娘に対して父親がやりがちである、過保護な門限設定。それを赤の他人に強いられているというのに、ネムはすんなり受け入れてしまった。


「よ、よーしそれじゃあぁ、三つ目!食事は俺が作ってやる!その代わりお前は残さず全部食べろ!さっきみたいに嫌いだからって絶対にのこすなよ!」


 動揺しながらも俺は三つ目のルールをネムに伝える。これは四つ目のルール前のワンクッションみたいな存在だったのだが、先程の食事を見てこのルールもネムにとっては十分な規制になると感じていた。予想通りネムの顔が険しくなる。


「むぅ……わかった」


 しかし、すんなりとはいかなかったもののこれもまた受け入れられてしまった。予想以上にネムが受け入れたことにより、俺は内心かなり動揺していた。このままでは謹慎が明けるまでネムと過ごすことになってしまう。


 負けてたまるか。こうなれば俺の性癖に全てを賭けてやる!


「よ、四つ目!これから毎週土曜日はメイドの格好をして、俺の事をご主人様と呼ぶ事!勿論首輪もするんだぞ!」


 どうだ!流石のネムでも、このルールは受け入れられないだろう!ネムが悔しそうにしているのが見なくても分かるぜ!


 自分の印象を下げることにはなってしまうが、同居の期間を圧倒的に短く出来る悪魔的発想。まさしく俺は天才だ。思わず上がりそうになる口角を手で覆い隠し、心の中でほくそ笑む。しかし、その笑みは一瞬にして消えさった。


「んーいいけど、ネム、メイド服持ってないよ」


 間の抜けたような声でそう答えるネム。彼女の顔を見ると、何も感じてないかのように、無表情で首をかしげていた。俺は体を震わせながら、ネムの肩に手を置く。


「え、良いの?首輪とかするんだよ?嫌じゃないの?気持ち悪くない?嫌だったらやめていいんだよ?」


 俺は何度も確認するようにネムに問いかける。メイド姿になって貰えてうれしいからではない。なんでも受け入れすぎるネムの事が、もはや心配になってしまっていたのだ。だが俺の心配をよそに、ネムは何とも無いと言った感じで首を横に振った。


「別に気にならない。ネム猫人族だから」


 ネムはそう言うと顔を上に上げて自分の首を俺に見せつけてきた。その姿を見て、俺はこの子を家から追い出すのは不可能だと悟ったのだ。


「あ、そう……じゃあ、メイド服買いに行くか」

「ん、わかった」


 こうして俺とネムは二人で街へと繰り出した。決してメイド服に身を包んだ猫耳少女を見たいと思ったから、それ以上のルールを提案しなかったのではない。ただ、これ以上に厳しいルールを思いつかなかっただけ。ほんと、マジでそうなんだ。


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