第5話 ネムという女
物件の見学中に猫耳女の飛び蹴りをくらった俺は、持ち前のチート能力のお陰で即座に復活し、その女をとっ捕まえて不動産屋へ帰ってきた。
不動産屋に戻ると、中には既にナディアさんの姿が見えた。どうやら猫耳女の姿を見ていなかったせいで、「幽霊が出て、ユウキさんが食べられてしまった!」と泣き喚いているみたいだ。
俺はそんな慌てふためく彼女達に、幽霊ではなく不法侵入者が居たことを説明する。それでようやくナディアさんも落ち着きを取り戻し、猫耳女から事情を聴くことになったのだ。
「名前はネム。職業は冒険者。鍵が開いていて誰も住んでないからネムが住んだ」
テーブルの反対に座る猫耳女──ネム。その口から出てきた言葉に、俺と不動産屋の面々は全員口を開いたまま固まってしまった。
「いやいやいや。鍵が開いてて誰も住んでいないからって、住んでいい理由にはならないんだが……」
俺が呟くようにそう口にすると、ネム以外の人間が全員コクコクと何度も頷いて見せる。だが当の本人は俺の発言が理解できないのか、キョトンとした顔でこちらを見つめていた。
「ま、まぁ今更何言っても仕方がない!不法侵入の件は不問にしてやるからさ!取り敢えず、あの家から出ていってくれ!あの家は今日から俺が所有することになったんだ!」
ネムが今の状況を理解しているとかはどうでもいい。俺にとって重要なのは、新しく手に入れたマイホームから一刻も早く赤の他人を追い出す、ただそれだけだ。
本来であれば家のクリーニング代を全額支払って貰いたいくらいだが、この女からは厄介な雰囲気しかしてこない。ここは穏便に済ませるのが吉だろう。
しかし、ネムは俺の慈悲すらも理解しておらず、その場で首をかしげて疑問符を頭に浮かべていた。そして再び信じられない言葉を口にする。
「何を言ってるの?あそこはネムが住んでいた。だからあそこはもうネムの家」
彼女の言葉に不動産屋の従業員達は騒ぎ始める。
「何を言ってるんだ君は!そんな馬鹿な話ある筈がないだろう!」
「あなたいい加減にしなさいよ!罰金払わずに済むだけでありがたいと思いなさい!」
そんな彼女達の言葉もネムには全く響かない。そんな彼女の態度にしびれを切らし、俺は机を叩いてネムを威圧するように声を荒げた。
「だぁあぁ!!話の分かんねぇ奴だな!あの家は俺が今日買ったんだよ!白金貨一枚でな!お前の家じゃねぇんだよ!この不法侵入者が!」
ビシッと指をさしながらそう訴えかけると、ネムはようやく状況を理解したのか不満そうに頬を膨らませて俺を睨んできた。今ならネムにも伝わると、今度はナディアさんが追い打ちをかけるようにネムに詰め寄る。
「あ、あのですね、ネムさん!住んでいたからと言って、あの家が貴方の家になることは無いんですよ?鍵をかけ忘れた私達にも落ち度がありますが、だからと言って不法に侵入し、ましてやそこで暮らして良い訳がありません!」
「そうだそうだ!さっさと荷物を纏めてあの家から立ち去れぇ!」
俺とナディアさんの言葉を皮切りに、不動産屋中で「出ていけ」コールが始まった。このままの勢いならネムを説得できる。だがそのコールすらも、ネムはプイっとそっぽを向いて無視する始末。
それから暫く黙りこんだあと、ネムはまるで子供のように拗ねたような表情で口を開いた。
「無理。だってネム、住む家ないから」
「はぁ!?知らねぇよそんな事!だったら野宿でもなんでもすれば良いじゃねぇか!というか、冒険者ならそれで金稼いで宿にでも泊まれば良い話だろう!」
駄々をこねる子供のようなセリフに、思わずネムの目の前まで詰め寄って声を荒げた。これがもし、いたいけな少女の奴隷の発言だったら、「仕方ないなぁ!」と言って一緒に暮らす事を許していただろう。
だが相手はただの猫耳女。容姿は整っているとはいえ、奴隷でない時点でアウトだ。
しかし、そんな俺の威圧など意に介さず、ネムのマイペースは崩れない。
「こんな可愛いネムが野宿なんてしたら、変態に襲われる。それに、ネムだって冒険者の活動したい。でもこの前依頼に失敗して、今謹慎中だからそれも無理。宿に泊まるお金もない」
ネムの話を聞いた従業員達は、流石に気が引けてしまったのか出ていけコールを止めて黙ってしまった。ナディアさんもネムに同情しているように見える。
確かにネムのように容姿が整っている女の子が野宿をするのは推奨できない。街中を歩いているのが、俺のような紳士だとは限らないからな。しかし、金を稼げないのは自分の問題なのだから、結局は自業自得だろう。俺のように貯金していないのが悪いのだ。
だが、この状況で俺だけがネムを責め立てるのは良くない気がする。この不動産屋とは今後も長い付き合いになっていく予定だ。保有する奴隷ちゃんの人数に合わせて、家も大きくしないといけないからな。
なるべく好印象を与えつつ、ネムに退去して貰う方法はないものか。最悪今の家を諦めて別の家を購入するって手もなくはないか。
「……ねぇ、あのさ」
俺が思考を巡らせていると、ネムが俺の胸をツンツンとつつきながら話しかけてきた。
「一人であの家住むんでしょ?暫くの間で良いから、あの部屋ネムに貸して。勿論家賃とかなしね」
「はぁぁ?お前馬鹿なのか!?こっちはマイホーム手に入れて、次の目標の為に色々やることが有るんだよ!なんでお前みたいな女と一緒に暮らさなきゃなんねぇんだ!」
「??こんなに可愛いネムが、一緒に住もうって言ってるのに……もしかして不能?」
ネムは不思議そうにしながら俺の股間に視線を向ける。それと同時にナディアさんのほうから「え、そうなんですか!?」と声が聞こえてきた。男性の従業員からは「若いのに可哀想に……」とまで言われる始末。
俺はネムの発言を撤回しようと、慌てて口を開いた。
「ち、ちげぇわ!俺はな、女の子は女の子でも『奴隷の女の子』が好きなの!可愛くて健気で『ご主人様』って上目遣いで呼んでくれる、儚げな女の子にしか興味ねぇんだよ!」
咄嗟に口から出た言葉に、俺の周りがシーンと静まり返る。無表情のままのネムに見つめられたまま、カチコチと時計の針が進む音だけが聞こえていた。
「うわぁ……」
沈黙を破ったのは、汚物を見るような視線で俺を見ていたナディアさんの声だった。それを皮切りに女性従業員達からの悲鳴のような罵倒が聞こえてくる。
常人ならここからすぐにでも立ち去りたいはずだろう。だが俺にとって、奴隷でない女の子なんぞ、その辺に落ちているかぼちゃと一緒。かぼちゃに何を言われようが、なんとも思わない。
それにここまで好感度が落ちてしまったなら、今更ネムに何を言ったところで変わらないだろう。そう思っていると、目の前のネムが「わかった」と言って頷いて見せた。
すると、ネムが俺の服の裾を両手で引っ張りはじめ、上目遣いで俺を見つめてきた。何事かと思っていると、ネムの口が静かに開き始めた。
「……ご主人様、ネムも一緒に暮らしても良い?」
住処を失わないために、ネムが思いついた作戦。それが俺の好みの女の子を演じるというモノだったのだろう。無表情ながらもどこかグッとくるものがある。
いやこれは、女性に初めて「ご主人様」なんて言われたせいだ。決して奴隷でもないネムに俺が落ちるはずもない。
「はぁぁ?おま……そんな安っぽい感じで俺が落ちるわけねぇだろ!もう少し首をかしげて、瞳は少し潤ませて!あと折角猫耳がついてんだから、ピョコピョコさせて御覧なさい!それから──」
それから二十分ほどかけて徹底した指導を繰り返し、ネムは見事な「ご主人様、ネムと一緒に暮らしてください」を披露してくれた。
そして結局──
「じゃあこの部屋がネムの部屋だからね」
このクソ猫耳女と同居する羽目になってしまったのであった。
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