第4話 物件見学
昨日は本当に散々な日だった。
夢にまで見た奴隷商での悲劇。運命の奴隷ちゃんに会う事は叶わず、それどころか自分がいかに愚かな幻想を抱いていたのか、現実を突きつけられた。
挙句の果てに、慰めて貰おうとジークとレインを飲みに誘ったら、二人には大笑いされて酒の肴にされる始末。本当に最悪な一日だった。
だがこの程度で諦める俺ではない。
俺には神から魔王を倒すべく授かったチート能力がある。この力を正しく使えば、金を稼ぐ事など容易い事だ。そう心を奮い立たせ、俺は今日も『運命の奴隷ちゃん』に会うために、活動を開始していた。
◇
「そうですねぇー!お客様のご要望通りの2LDKとなりますと、大金貨五枚からになりますー!どうなさいますか?」
眼鏡をかけたブロンドの女性──ナディアさんが手元のファイルに挟まれた資料を指さしながら俺に問いかけてきた。
俺は昨日クオークから言われた、奴隷を購入するための条件でもある、家を買うために不動産屋にやって来ている。最低でも2LDKでないといけないという事で探して貰ったのだが、購入には大金貨五枚という大金がかかるらしい。
しかし、今の俺なら問題なく払える額だ。なにせ奴隷購入費用として白金貨一枚分も貯金したのだから。そのため、直ぐにでも購入しようと考えたが、直前になって踏みとどまってしまっていた。
本当に2LDKで良いのかと。
奴隷一人に対し、与える部屋は一部屋。奴隷同士であれば相部屋でも良いらしいが、部屋が狭ければ相部屋に出来る人数は限られてしまう。となると、やはり2LDKでは足りない気がした。
「やっぱり3LDKにしてくれませんか?お金なら持っているので!」
俺はそう言って懐から白金貨一枚を取出して机の上に置いた。ナディアさんはそれを手に取り、本物か確認するそぶりを見せる。確認が終わると、白金貨を一度机の上に置きなおし、奥から別のファイルを持って来てくれた。
「こちらが3LDKの物件になりますね!白金貨一枚ですと1ページから5ページ目までの物件がご購入できます!どうぞご確認ください!」
ファイルを手渡され、俺は指定されたページをめくっていく。どれも同じレベルの物件と言った感じだったが、最後の物件だけは少し内装が異なっていた。
「あの、この物件には浴槽がついているみたいですが、他の物件と同じ値段で良いんですか?」
「ああ、それはですね!浴槽の型式が古いのと、立地が悪いのが原因です!」
話を聞くと、どうやら設置されている浴槽は数年前に置かれたものらしく、お湯を使用するための魔石燃費が悪いとのことだった。
この世界では魔物を倒した際に手に入る『魔石』というモノが原料となり、あらゆる道具を動かすことが出来る。魔石はいわば電池みたいなものだ。
その燃費が悪いという事は、お風呂に入るのに金がかかるという事だろう。だから裕福な家庭で無ければ、住み続けるのにも金がかかるという事だ。
あとは立地の悪さだが、確かに街の外れに建っており、日当たりも良いとは言えない。買い物するにも不便だろうし、中々この物件を購入する人が居なかったのも頷ける。だが俺にとっては立地や浴槽の古さなど関係ないのだ。
「ではこの物件を買わせて貰います!手続きの前に一度内見させて貰えますか?」
「畏まりました!鍵を持ってまいりますので、入り口でお待ちください!」
ナディアさんはそう言うとファイルを手に取り奥の部屋へと入っていった。俺も席から立ち上がり玄関へと向かう。白金貨一枚分の家、どんな内装なのか楽しみだ。
◇
「こちらがお買い上げ予定の物件になります!一階にリビング・キッチン・トイレ・風呂場、二階に個室が三部屋となっております!」
「おおー!立派な家ですね!これで白金貨一枚はお買い得だな!」
不動産屋から歩いて三十分。大通りから外れた道を進んでいくと、レンガ調の立派な家が建っていた。
「そうですよねー!私もこんな立派な家に住んでみたいです!……それじゃあ早速中の見学に参りましょうか!」
ナディアさんはそう言うと、店から持ってきた鍵を家の扉に刺して時計回りに回した。ただ、鍵の開いた音がしなかったため、今度は反時計回りに回してみる。すると今度はガチャリと鍵の開く音がした。
「あ、あきました!それじゃあどうぞお入りください!」
そう言って彼女はノブを引くも、扉は一向に開く様子がない。
「あれ?おっかしいなぁ……ちゃんと開いたはずなんだけど」
ナディアさんは首をかしげながら、もう一度鍵を差し込んで時計回りに捻ってみる。再びガチャリという音が鳴り、今度はしっかりとドアが開いた。どうやら鍵を反対方向に回してしまっていたらしい。
「えへへ、すいません!今度こそ開きましたので、ゆっくりご覧になってください!」
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるナディアさん。彼女が奴隷だったら興奮できるのだが、世界はそう上手くはいかないモノだ。
彼女の案内の元、一階にある設備を見学していく。リビングはかなり広く、隣接しているキッチンも充実した設備を取り揃えているようだ。
次に問題の浴槽を確認しに行く。蛇口の部分に魔石をはめる型枠があるのだが、その数が三つもある。ナディアさん曰く、最新の風呂は魔石一個でお湯を沸かせるそうなので、燃費は三倍以上という事だ。
まぁ俺には水魔法と火魔法があるので、上手い事やれば節約できるだろう。つまり、懸念していた点は問題ないという事だ。
「めちゃくちゃ良いですね!これなら直ぐにでも引っ越せそうじゃないですか!」
「それは良かったです!後は二階の個室になります!サクッと回っちゃいましょう!」
ナディアさんが手を上げながらそう叫んだ瞬間、天井からドンッと音が聞こえた。
「ひゃぁっ!」
「なんだ!?」
怯えるナディアさんを背中に庇いながら、天井に目を向ける。一瞬ネズミかと思ったが、物音の大きさはそんな小動物サイズのモノでは無かった。それに僅かだが布を引きずるような音が聞こえてくる。
「ゆ、ゆうれいですか!?止めてください!どっか行ってください!」
「落ち着いてくださいナディアさん!幽霊なんているわけないじゃないですか!」
「ほ、本当ですか!?じゃああの音は一体なんなんですかぁ!」
俺の背にしがみつきながら涙を流すナディアさん。これが奴隷なら今すぐにでも抱き寄せて、『大丈夫だよ。私が居るから安心しなさい』とか言ってイチャイチャできたのに。くそ、勿体ない。
まぁ今はそんな妄想よりも、物音の正体を確認するのが先だ。本当に幽霊だったとしたら、流石の俺でも対処できないかもしれない。聖魔法はまだ回復系の魔法しか習得していないんだ。まぁ回復魔法に関しては、手足が欠損している奴隷を癒すために最上級魔法まで習得しているがな。
ただここで二階を確認せずに帰って、契約しないって事にはしたくない。もしかしたら犬や猫が迷い込んでいるだけの可能性もある。
「多分猫か犬だと思いますよ!さっきナディアさんが玄関の鍵開けた時、最初音がしなかったじゃないですか!きっと、鍵を閉め忘れて放置してたんですよ!だから動物が迷い込んだのかも!」
「あ、そういえば!それならきっと犬さんかもしれませんね!確認しに行きましょう!」
落ち着きを取り戻したナディアさんだったが、まだ恐怖はぬぐい切れていない様子で、俺の背中を押しながら二階へと進んでいく。
俺も少し緊張しながらも階段を一歩ずつ上っていき、二階の通路へ到着した。その瞬間右側にあった部屋の扉が、ギィィっとゆっくり開き始めた。
「きゃぁぁあ!!ゆうれいだぁぁ!!食べないでくださいぃぃ!私は美味しくないですよぉ!」
勝手に開いた扉のせいで、動揺しまくるナディアさん。俺を扉の方へ押し付けると、一目散に階段を下りて行ってしまった。
「おいおい、まじで幽霊なのか!?」
流石の俺にも緊張が走り、慌てて戦闘態勢に入る。何が来ても良いように身構えていた矢先、俺の目の前にその正体が現れた。
「ふわぁぁ……だれ?」
欠伸をしながらこちらを睨みつける下着姿の女の子。その頭には黒い毛の猫耳がくっ付いていた。
「猫耳!?お、おまえは──」
だれだ!そう叫ぼうとした瞬間、彼女の足裏が俺の顔面にクリーンヒットしていた。
「泥棒は、成敗する」
意味不明な言葉を呟きながら、床に倒れこむ俺の顔面を踏み続ける猫耳少女。
こうして俺は初めての物件見学を終えたのだった。
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