第2話 奴隷商『ヒュプノス』
翌日。
俺はタキシードに身を包み、奴隷商『ヒュプノス』の前に立っていた。この店の前に来るのは、実は今日が初めてではない。奴隷を購入した時のシミュレーションのために、ここへは何度も立ち寄っていたのだ。
それ以外にも購入費を稼ぐために、辛い日々を送り続けていた今日までの間、何度も心が折れそうになった時、この店の前にやって来ては心を奮い立たせていたものだ。今ではそれが懐かしく思えてしまう。
今日から俺の新しい人生が始まるのだ。
「ふー……よし、行くぞ!」
奴隷商の中へと入ると、そこは俺の想像と全く違った世界が広がっていた。いかがわしい雰囲気などなく、清潔感が漂う白い壁で覆われた部屋。そこに一人の紳士が待っていた。
「ようこそ奴隷商店『ヒュプノス』へ。私、当店のオーナーを務めております、クオークと申します。本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?」
紳士の美しい所作にうっかり同姓ながらも見惚れそうになるも、何とか気を持ち直す。そして俺が童貞だとバレぬよう、今日の為にイメージしてきた『奴隷を買いなれた紳士』を演じ始めた。
「ああ。今日は新しい『女奴隷』を買いに来たんだ。出来れば器量があり朗らかな女性が好ましいんだが、オススメは居るかな?」
「ありがとうございます。ご予算の方はおいくらほどになりますでしょうか?」
「そうだな。予算は白金貨一枚ほどで頼む」
そう言って人差し指を立ててクオークに見せる。この国の通貨は貨幣制度となっており、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨の順で一枚の価格が高くなる。
前世の通貨で言うと、銅貨一枚が10円、銀貨一枚が100円、金貨一枚が1万円、大金貨一枚が100万円、白金貨一枚が1千万円だ。その上に王金貨なるものがあるらしいが、噂だけで実際に目にしたことは無いので、真実かどうか定かではない。
とにかく、俺は『運命の奴隷ちゃん』を購入するために、1千万円を貯めきったのである。実際には1500万円程貯めたのだが、今後のイチャイチャ生活の為に500万円は取っておきたいところだ。
予算を聞いたクオークは、ニコリと笑みを浮かべると奥に有る客室に手を向けた。
「承知いたしました。ご要望の奴隷をご用意いたしますので、あちらの客室にてお待ちください」
「ああ。ゆっくりさせて貰うとしよう」
部屋に案内された俺は、奥に有るソファに腰かけてクオークが戻ってくるのを待った。程なくしてやってきたメイドの女性が淹れてくれた紅茶を口にする。紳士的な態度で取り繕ってはいるものの、俺の足は携帯のバイブレーションのように震えていた。
(ふうぅぅー!緊張してきたぁぁ!……もう少ししたらあの扉から、俺の『運命の奴隷ちゃん』が来るのか!!)
静かに目を閉じ、瞼の奥で未来のお嫁さんとなる奴隷ちゃんの姿を想像する。出来れば料理の上手な子が良いなぁとか、床上手な子だと更にグッジョブと股間を熱くさせていると、部屋の扉がガチャリと開いた。
クオークを先頭に、後ろから三人の女性が入ってくる。全員が整った容姿に、程よく脂がのった魅惑のボディをしており、美しい微笑みを浮かべていた。
俺の抱いていた奴隷というイメージとは少々かけ離れていたものの、股間とハートはビンビンに反応を示していた。この三人の内の誰かが俺の『運命の奴隷ちゃん』になるのだ。
「お待たせいたしました。この者達が予算内で購入可能な『女性奴隷』となります。皆さん、お客様にご挨拶してください」
クオークの言葉を合図に、整列していた三人の奴隷が一歩前に歩み出る。左端の女性から頭を下げ、挨拶が始まった。
「ノイジーです。家事全般の業務が得意でございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「エリスです。ご主人様の知識奴隷としてお役に立てるかと思います。どうぞよろしくお願いいたします」
「アンヌです。歌うことが得意ですので、ご主人様のためだけに歌わせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」
一人一人が得意としているモノをアピールしつつの自己紹介が終わる。家事が得意なノイジーちゃんに、頭の良さそうなエリスちゃん、最後は歌が上手なアンヌちゃんか。
個人的に好みなのは眼鏡をかけた、クールビューティー系のエリスちゃんだな。ああいう子にこそ、『ご主人様』と言われたいものだ。
「うむ。よろしく頼む」
彼女達に返事をしながら、エリスちゃんの瞳を見つめニコリと微笑みかける。エリスちゃんは少し恥ずかしそうにしながら視線を逸らして見せた。全く可愛い奴め。
そんな俺達の愛のやり取りを見ていたクオークが、タイミングを見て三枚の紙を俺に手渡してきた。
「こちらが彼女達に命令可能な業務となります。チェックの無い業務は命令不可になります。無視されますと処罰の対象になりますので、ご注意ください」
「ああ、ありがとう。どれどれっと──」
クオークに促され、俺は紙に書かれた内容を確認していく。上から料理・掃除・洗濯・買い物・etc……と殆どに対応可能のチェックが入っていた。しかし、最後の欄に書かれた業務、俺の望んだその業務の欄は三人共チェックが入っていなかった。
どうやら彼女達は俺の『運命の奴隷ちゃん』では無いらしい。
(さて、どう切り出すべきか……)
俺はショックを受けながらも、クオークに別の女性を連れてきて欲しいと頼むために頭を悩ませていた。せっかく連れてきて貰った彼女達に対し、可哀想な事を告げなければならないなんて。
そんな俺の心を察してくれたのか、クオークが俺に向かって頭を下げてきた。
「申し訳ございません。どうやらお客様のお眼鏡に合う者が居なかったようですね。皆さんは部屋に戻っていてください」
「分かりました。失礼いたします」
クオークに指示され、三人の奴隷達は部屋を出ていった。名残惜しそうに俺の方へ視線を向けるエリスちゃん。ごめんな、でも俺に余裕が出来たら君の事も買いに来るよ。その時は、隣の二人も一緒にね。
部屋から奴隷達が居なくなると、クオークが俺に問いかけてきた。
「申し訳ございません、お客様。もう一度ご希望の奴隷をお聞かせいただいても宜しいでしょうか?」
「そうだな。できればこの『性交渉』が可能な女性奴隷を頼みたい」
俺がクオークにそう告げると、彼はその穏やかな笑顔を崩して眉をひそめた。どうやら俺がこの店に『性奴隷』を求めてきたとは思ってなかったようだ。
だがクオークは直ぐに表情を戻し、ニコリと笑みを浮かべた。
「……なるほど。お客様の好みはそちらの方でしたか。では、少々お待ちください」
そう言ってクオークは部屋の外へでていく。これで本当に俺の期待通りの奴隷と遭うことが出来ると股間を厚くしながらも、俺は彼の発言に少し違和感を覚えていた。
(お客様の好みはそちらの方でしたか?どういうことだ……性奴隷を買いに来る客って意外と少ないのか?まぁこの街には娼館もあるし、そういうのに困っている客が少ないだけだろ。だが、俺が求めてるのは純愛なんだ!)
自分に言い聞かせるように、胸に抱えた違和感を拭い去る。それから数分後、部屋の扉が開かれクオークが奴隷を引き連れてやって来た。
胸に期待を膨らませながら、クオークの後ろに続く女性へと目を向ける。その瞬間、俺は目を見開いたまま呼吸をすることすら忘れて固まってしまった。
(これが……俺の『運命の奴隷』……さん……だと?)
「こちらが『性交渉』可能な女性奴隷となります。皆さんお客様にご挨拶してください」
クオークがそう言うと、二人の女性が俺に向かって挨拶を始めた。
「アシュリーで~す!ご主人様のためになんでもしま~す!私のこと好きにしちゃってくださぁーい!」
「イリアで~す!私を買ってくれたら、お礼に何でもし・ちゃ・う!」
脂が乗った……いや脂が乗りすぎた女性達の壮絶なアピールに、俺は思わずソファからずり落ちてしまった。これでもかという程の厚塗りの化粧で誤魔化した顔面に、そのどでかい体に似合わぬきわどい下着姿。彼女達の年齢は恐らく五十を超えている事だろう。
突如現れたモンスターたちに呆気にとられた俺だったが、何とか意識を取り戻し、やっとの思いでクオークに祈りの言葉を告げるのだった。
「チェ、チェンジでお願いします」
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