奴隷を買うために一億円貯めたいので、魔王討伐とかしてる暇ありません~チートって金稼ぎのためにあるもんでしょ?~
宮下 暁伍
第1章 奴隷を買いたい男
第1話 ユウキという男
『異世界転生』
俺がそんな奇跡に巡り合い、この世界「ヴァリタリア」で暮らすようになって四十年の月日が経とうとしていた。平和な世界で暮らしていた俺にとって、剣と魔法のファンタジー世界で生き抜くことは並大抵の事では無かった。
しかし、どうにかこうにか生きてこれている。
前世で童貞を貫き通し、割と良い感じに徳を積みまくってきた結果、四十歳という若さで死ぬことになってしまったものの、新たな生を手にすることが出来た。
転生する際、神とやらに「三十年後に現れる魔王を打ち倒すべく、己を鍛えてください」と言われ、俺はチート能力を授かった。それからの二年間、俺は神の言う通り必死に己を鍛えぬき、最早人類に敵無しと思えるほどまでに己を鍛えぬいた。
魔物に襲われ何度も死にかけながらも、俺は必死に戦い続けたのだ。神様に望まれたたった一つの願いを叶えるために。
◇
ローデスト王国の主要都市、オルテリア。陽が落ち、月が街を照らし始める時間になっても、賑わいを見せるなか、冒険者の集う飲み屋で、俺は覚悟を決めていた。
「二人とも聞いてくれ……ついにこの日がやって来た」
目の前に座る二人の男に、俺は静かにそう告げる。その言葉を聞いて、二人はピクリと眉を動かした。
「そうか」
「ユウキが決めたことなら、俺達はもう何も言わねぇよ」
そう言って二人はグラスに残っていた酒を一気に飲み干す。空になったグラスを見つめる二人の視線は、どこか寂しそうに見えた。明日には旅立ってしまう、今の俺との別れを惜しんでいるのだろう。だが俺はもう止まらない。いや、止められないのだ。
「ジーク、レイン……俺は明日、奴隷を買うぞ!!!」
この世界に来てから──いや、前の世界で暮らしていた時から抱いていた俺の夢。それは可愛い奴隷達とイチャイチャしながら一生を過ごすことだ。
そのためにしたくもない魔物退治を一生懸命にこなし、オルテリア随一の安宿に泊まり続け、先日やっと俺が予想している奴隷購入費用が貯まったのだ。これでやっと運命の奴隷ちゃんを迎えに行くことが出来る。
そんな重大な報告をしているというのに、ジークは喜ぶどころか眉を吊り上げながら苛立ちをあらわにして見せた。
「勝手にしろよ、この変態野郎が!俺達はそんな下らねぇ話聞くために酒飲んでんじゃねぇんだぞ!」
「なんだと、ジーク!ついに明日、俺が夢にまで見た奴隷を買う日がきたというのに!その俺の覚悟を下らねぇって言うのか!!」
長年の夢を馬鹿にされ、俺は思わずジークの胸倉に掴みかかる。それに負けじと、ジークも俺の胸倉を掴みかかってきた。
「お前は奴隷に夢見すぎなんだよ!毎晩毎晩、お前の気持ちわりぃ夢物語聞かされる身にもなりやがれ!!なーにが『ご主人様、一緒に寝ても良いですか?その……怖い夢を見てしまって』とか言われてみてぇなだ!そんな奴隷がこの世にいる訳ねぇだろ!」
「ジークてめぇ……俺の言われてみたい言葉ベスト10を馬鹿にしやがったな!?ぶっ殺してやらぁぁあ!!」
ジークの発言に俺が声を荒げながら顔面にイッパツお見舞いする。その様子を見ていた周囲の奴らが俺達を煽るように声を出し始めた。
「おお何だ喧嘩か!?やっちまえやっちまえ!」
その声に呼応するかのように、立ち上がりざまにジークが俺の腹にむけて拳を振るった。俺の夢とジークの怒り、どちらが正しいかを決める戦いが始まろうとした瞬間、俺達の間にレインが割って入ってきた。
お互いの拳を止めて見せるレイン。だがヒートアップした俺達が簡単に止まるはずもなかった。
「おいレイン、邪魔すんじゃねぇよ!今から俺はこの変態野郎にこれまでの鬱憤をぶつけるとこなんだからよぉ!」
「まぁ落ち着けよ、ジーク!ユウキも明日は早いんだろ?今日は早めに宿に帰って、身を清めた方がいいんじゃないか?奴隷を迎えに行くんだから、最高のコンディションで行かないとな!」
レインの言葉にハッとし、俺は静かに拳を降ろす。
そうだ、俺は今こんなバカげた喧嘩をしている暇なんて無かったんだ。ジークの態度は頭にくるし、今すぐにでもボコボコにしてやりたいとこだが、明日現実を見せてやればきっとジークも自分の間違いを受け入れてくれるだろう。
ここは俺が大人の対応をしてやらなければ。
「そうだよな!悪いジーク!俺のせいで変な空気にしちまって!これでうまいもんでも食ってくれ!」
そう言って懐から金貨二枚を机の上に置き、ジークに頭を下げる。それから急いで荷物をまとめると、レインに感謝の言葉を告げた。
「ありがとうな、レイン!お礼に明日、俺の奴隷ちゃんを一番に拝ませてやるから!ジークも楽しみにしとけよ!じゃあな!」
二人に別れを告げ、俺は酒場を後にして宿へと向かって走っていく。今日は奮発して石鹸を使おう。それから明日の準備を念入りにしなくては。何か間違いがあってはいけない。
俺は月明かりで照らされた夜道を走りながら、明日出会うことになる「運命の奴隷ちゃん」に思いを馳せるのだった。
◇
ユウキが酒場を後にした後、ジークは机の上に置かれた金貨二枚を使って新しい酒の肴と高めの酒を注文していた。普段飲まない酒に舌鼓を打ちながらも、ユウキに対する怒りは未だに収まっておらず、ジークはレインを睨みつけていた。
「おいレイン!なんでユウキの肩もつんだ!お前だって毎晩アイツの話聞かされてウンザリしてたじゃねぇか!」
ユウキと出会ってから一年半の間、ずっと気持ちの悪い話を聞かされていたジークとレイン。同じ気持ちだと思っていた相手に、自分とは違う態度を取られたことにもジークは苛立っているようだった。
そんなジークに対し、レインはひょうひょうとした様子で返事をする。
「まぁそうなんだけどさ。それも今日で終わるって考えれば、気が楽になるだろ?それに、奴隷好きを除けば、ユウキは良い奴だからなー!」
「良い奴だけどよー!変態なのは事実じゃねぇか!あぁくそーしょうがねぇ!今日は朝まで飲むから付き合えよな!それでさっきのはチャラにしてやるからよ!」
ジークは仕方なさそうにグラスに残った酒を飲み干すと、直ぐにもう一杯注文しようと手を上げた。それを見たレインが慌ててジークの手を抑える。
「おいジークやめとけって!俺達も今日はこのくらいにして、楽しみは明日にとっておこうぜ?」
「はぁ?何馬鹿なこと言ってんだ!今日みたいな日にこそ飲むべきじゃねぇか!どうせまた明日からユウキの気持ちわりぃ自慢話聞くことになんだぞ!」
「良いから俺の言う事聞いとけって!明日になればもっとうまい酒が飲めるからよ!」
レインは続けざまにその理由をジークに伝える。
すると不満そうだったジークの表情が、一瞬にして満面の笑みに変わっていた。そして二人はそれ以上酒を飲むことも無く、ユウキの後に続くように宿へと向かっていったのだった。
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