会えない理由
ほぼ同じ時にスマホが振動した。残り1%。スマホは残りの命を懸命に使って、僕のために振動したのだ。高水の友達からメッセージが来ていた。そのメッセージを開くと文字の羅列だけがあった。この子は以前、会話の冒頭にスタンプを用いるタイプだったのに、今はそんな素振りはなくなんだかそっけなかった。
『もしかしたら、それは遠回しに距離を取ろうとしているのかも。実は、高水、付き合いたい人がいるとか言ってたんだ』
ん。ん……。ん……。そう、か……。そうか。そうか。
――彼女の気持ち、何も考えてなかった。この回答を見て一番最初に思ったことがそれだった。時間なんてあの時からもう過ぎているのだから。確かに、彼女にももう付き合っている人がいるのかもしれない。理由があるってこれなのかもしれない、いやこれ以外考えられない。
最初から僕はこういうことを、心のどこかで分かっていたのかもしれない。でも、どこかで否定することで目を背けていたのだろう。いや、考えたくなかったのだろう。大切な幼馴染をそういう風に。
じゃあ、会いに行かない方が、いいのか……。
その時、誰かがくしゃみをする音がした。聞き覚えのある音だ。確かに彼女はそこにいる。いる場所は分かるのに僕は彼女に会うことができない。僕らはもう別の世界を生きていかなくてはならないから。そこまで繋がっていないのだ。
もう一度会いたい気持ちはある。また彼女と、この秘密基地で遊びたい気持ちもある。でも、もうその時とは違う。その時に似るはずもない。変わってないのは僕の心だけなんだろう。他は変わってしまったんだ。この世界のように。
「――たしか、こんな和歌があったな。『月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして』僕は今、そうなのかな……」
瞳からこの雪よりも冷たい雫――涙が流れた。
そして、雪の絨毯にその涙は、一瞬にして消えていった。
僕の心もいつかこの景色に溶けてしまうのだろうか。
もう、この雪に溶けてしまいたい。
早く、春が来ないかな。僕の心を溶かしてくれないかな。
「ばいばい……」
この声が彼女に聞こえないことはわかっている。でも、最後ぐらいはそう言いたかった。
ありがとう。
僕はどこに行くということでもないが、彼女のもとから離れるため、もと来た道に戻ることに決めた。後悔は存在しない。きっと。うん。
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