求めているもの

 まず、僕が向かったのはこの街唯一の本屋だ。と言ってもこの辺に住む90近いおばあちゃんが1人で経営しているかなり小さな(そしてマンガとかに出てきそうなロマンを感じる)個人店のため、古い本ばかりが所狭しと並んでいる。女優の写真集などなおさらない、そんなひっそりとした昔ながらの本屋だ。彼女はよくここでお母さんに絵本を買ってもらっていたようで、僕と一緒にページをめくったこともある。中に入ると、すぐに答えが分かる構造だったので、すぐに彼女がいないことがわかった。それどころかいつも通り人っ子一人いない。ただ、久しぶりに店主のおばあちゃんと会ったし、せっかく入ったので、目に止まった編み物の本を買った。

 

 次に向かったのは、彼女とよく砂場遊びや、1つしかないブランコを2人で乗ったりして遊んでいた公園に行った。数年間の歴史はそこに刻まれているようで、滑り台のサビが目立つようになるなどしていた。隠れられる遊具の中もくまなく探したが、そこにも彼女はいなかった。そこにいたのは、空き缶をつついていたカラスだけ。


『なあ、こういうことなんだけど意味、分かるか? あ、もう前みたいなことはするなよ』


 公園を出ると、僕はとある人にヘルプを求めた。ただ、こいつはあまり役に立たないことは百も承知だ。だって、女子全員が入ったメッセージの中で勝手に土産がないがいいか聞いたのだから。


『お、そうか。ならやっぱり知恵袋で聞けば(笑)?』


 案の定すぐに既読がつき、返信が来たが、やはり役に立たなかった。なぜそ

こに行き着くのか。僕はすぐ『は?』とやや怒りを込めて返信した。


『んーじゃあ、高水の友達とか。お前今でも連絡できるやつ、少しはいるって言ってたじゃん』


 たしかにそれも手だ。ただ、連絡を取ってたと言ってももうかなり前だから正直言えば少し怖い。不安がよぎる。しかし、今頼れる人は他にいない。だから、手が震えながらも僕は高水の友達のアイコンを数年ぶりにタップした。もう何年も途切れいている。そこに新しく文を綴る。


 メッセージを送り終えると、だんだん強くなる雪による寒さに耐えるため、近くにあった北海道で有名なとあるコンビニに逃げ込み、ホットコーヒーを買った。それを飲んだ瞬間、別世界に飛び乗ったような気分を味わった。久しぶりの厳寒はかなり僕の心にダメージを与えたようだ。送ったメッセージが気になり、スマホを開くと、回答はまだきていないようだった。


 ただ、正直に言えば彼女はもう見つかったも同然なのだ。どうしてかというと、もう彼女がいそうな場所はあと1つしかないから。ここ以外は考えられない。最初から選択肢があったも同然なのだ。僕は彼女のいるであろう最後の場所へと足を進める。ただ、彼女の感情はわからないし、雪は段々と強くなり、視界は冷たい白に取り囲まれている。


 着いた――もう何十年も前に使われなくなったトンネルに。ここに僕らの秘密基地があるのだ。僕らにとって公園以外の遊び場所であったし、親に怒られて家出したいときはいつもここに来ていた。お母さんやお父さんの誕生日の計画も家だと聞かれるからということでここでしていた。僕らの思い出が一番詰まっている場所なのだ。


 ――。


 この雪の中、そのトンネルから何か聞こえるような気がした。それが誰なのかははっきりとはわからない。ただ、僕には彼女の声のように聞こえるのだ。


 僕が確信したようにして頷き、彼女に会いに行こうとした時、僕のポケットから何かが飛び出した――お札だ。そういえば、僕が持ってきたのはがま口の財布であり、さっきコンビニでコーヒーを買った時、小さなお金が見つからずお札が邪魔であったためポケットに突っ込んだままだったのだ。更に不幸が重なるかのように突然、強い風が吹いて瞬く間にお札は舞い上がってしまったのだ。飛んでいってしまった数枚の中には1万円札もあるし、もちろん追いかけるべきなのだが、足がちゃんと動こうとしない。


「これ、追いかけたらもしかしたら違う所に行ってしまうかも……」


 せっかく彼女のいる場所がわかったというのに、これをのがしていいんだろうか。もう、お札はかなり遠くまで行ってしまった。仮に追いついたとしても、もし彼女がその間に違う場所に行ってしまったら。もしくは僕が場所を見失ってしまったら。携帯の電源だってもうほぼないから、道がわからなくなったらここに戻ってくることすらもできない。終わりだ。


 僕は財布の方に一歩、足を踏み出した。でも、そのもう一歩は出なかった。僕の進むべき方向はこっちではないとでも言うかのように。神様からのお告げのように。


「僕に必要なのはこっちだ」


 僕はお札の方ではなく、次に彼女のいるであろう方に足を踏み出したのだ。僕が今求めているのはこっちなんだと強く確信したのだ。そして、もう一歩を踏み出していく。足を雪に奪われながら。

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