4.5話:眠れぬ夜には


 ふと、意識が覚醒する。

 窓の外を見れば、すでに辺りは真っ暗だった。木々に遮られて太陽が遮られてしまっているだけにしては暗すぎることから、もうとっくに深夜と呼ばれる時間帯なのかもしれない。


「……ん……」


 体を起して、ぐっと伸びをする。

 あれだけのダメージを受けていたというのに、不思議と体は軽かった。それだけではなく、体のべたつきも思っているよりもずっとマシだった。まさか、レイが面倒を見てくれたのだろうか。

 二度寝をするには目が覚めすぎている。少し風にでも当たって気分転換しようか。そう思って立ち上がる。ちらりと隣の寝台を見れば先程まではレイが寝ていたのだろう痕跡があるが、今はもぬけの殻だ。同じように風に吹かれたい気分になったのかもしれない。


「……ん?」


 なんとなく、再度窓の外に視線を向ける。

 木々の隙間から差し込む光もない暗闇の中、若干濃さの違う影を見つける。じぃっと目を凝らしてみると、影は人の形をしている。こちらに背を向けているが体格からレイだろうことが分かる。丁度良い。ここから声でも掛けてみようか。そう思って窓に手を掛けた時だった。

 

 ――ドゴッ!!!


 鈍い音が聞こえてくる。

 影の動きを見るに、レイと思わしき人影は木に蹴りを入れたようだ。視界が暗さに少しだけ慣れたのか、この位置からでも蹴られた木が折れかけているのが分かった。その死にかけた――という表現が正しいかは分からないが――木に、レイは更に追撃を与える。何度も何度も激しい攻撃が小屋にある木をいくつもなぎ倒していく。その姿はまるで鬼神のようで、普段の柔らかな物腰のレイからはかけ離れていた。

 ドゴッだのバキィッだの未だ止む気配のない音に、体が僅かに震えだす。レイの裡に何かが秘められているのは短い付き合いの中でも察することができていたが、それは俺の想像よりもずっと激しいものなのかもしれない。あの狂暴性がこちらに向けられるかもしれない、そう考えると今声を掛けるのは憚られた。レイに限ってはないとは思いたいが、あの豹変ぶりを目にすると素直にそう思うことはできなかった。


(……とはいえ……)


 やはり二度寝という気分でもない。

 再度睡魔が訪れるまで、どうやって過ごそうか。

 そう考えて、ロニアさんから手渡された本の存在を思い出す。マジックバッグの中から、本を取り出す。本は繰り返し読まれているのだろう。いくつかの箇所には開き癖のようなものができている。特に挿絵のある頁がお気に入りのようだ。ぱらぱら捲った頁が引っ掛かる箇所の多くに絵が挿入されている。そして、癖の付いている頁には必ず豪快な女船長が描かれていた。ふと目に留まった、豪快な女船長が船の甲板で指揮を執っている挿絵のある頁の文章にざっと目を通してみる。


『「次のお宝はハーミットの秘宝さね! アンタたち、ぼさっとしてないでとっとと出航の準備をするんだよ!」ゲルダリンダの声に船員たちは雄叫びを上げる。次の目的は隠者の島にある、ハーミットの秘宝だ。』


 どうやら、これは女海賊の物語らしい。広大な海を旅しつつ、数々の島を訪れ、数々のお宝を奪っていくというのが大まかな流れのようだ。あくどいだけの海賊ではないようで、手前の頁には出航する彼女たちとの別れを惜しむようなシーンも見受けられる。悪辣なイメージのある海賊だが、この物語の女船長には人情的なところもあるのかもしれない。のだが。


(……これ、どう考えても……)


 女海賊の口調に、本を譲ってくれた人の姿がちらつく。

 だが、気付いてしまえば腑には落ちる。心が柔らかなままのお姫様が演じるキャラクタが何故あのようになったのか。そこにモデルがいるのであれば納得はいく。しかも、意外な――というには彼女のことを知っているわけでもないのだが――ことに、彼女は物語に出てくる女海賊に憧れを抱いているようだ。


(なんか、可愛いな……)


 ロニアさんの可愛らしい面を、また一つ知れたようだ。

 この女海賊の物語を読んでいけば、もう少し彼女のことを知ることができるのだろうか。

 彼女が俺に好意らしきものを寄せてくれている理由は正直分からない。しかし、そのこと自体は悪い気はしない。


「なんか久々に読書するな」


 せっかくの機会だ。眠れもしないし、読書でもしてみよう。なんとなく開いた頁を一度閉じて、タイトルが箔押しされた装丁に触れる。学生の頃はよく図書館に通っては、こうして様々な本に触れたものだ。本の中身より趣向の凝らされた装丁が好きだったな、なんてことを思い出す。

 この本の表紙は読み込まれているためにやや色落ちしているところなどもあるが、それすらもなんだか好ましいと思う。とても愛されてきたことが分かるから。ロニアさんが愛読する物語は、いったいどんなものだろうか。考えたら、少しだけ心が躍る気がした。それが単純に久々の読書が楽しみだったからか、それとも読み進めることで俺に心を寄せてくれている人の大切な何かに触れられるかもしれないからかは、今の俺には判断が付かなかったけれど。

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