3話:旅立ち


 俺がワルドアナザァに来てから、すでに五日が経過していた。

 女神様のお膝元であるカテドラル国は【勇者レイ、旅立ちの時来たり】と書いてあるらしいペーパーが三日前から配布されているせいで、お祭りのような騒ぎになっていた。また、国は総力を挙げて勇者の支援をすると声明を上げ、その言葉通り稀少なアイテムの数々が屋敷へと運ばれてきていた。

 それは王家や女神様と連絡を取り合うための通信機器であったり、冒険に必須な回復薬や毒消し薬などのアイテム類だったりした。その中には魔法書らしきものもあった。ロニアさんと盃を交わしたことで魔力を得た俺とレイは、少しでも魔法を使えるようになるためにこの短い期間に鍛錬に励んでいたのだが。


「あーっ!?」

「あはは、中々上手くいかないね」


 旅立ちの日になっても、俺は魔法を発動させることができずにいた。

 初歩的な火の魔法すらまともに使えなくては魔法使いとしては話にならないそうで、俺にはてんで魔法の才能がないことを実感させられることになった。一度だけ小さな、本当に小さな火の玉を出すことに成功したときには、ふよふよと浮遊する火の玉が的に命中することを確認できたことだけが成果と呼べるかもしれない。


「……っはぁ!!!」

「お前はかっこいいな」

「あはは、ありがとう。でも実践で使えなければ意味がないからね、どうなるかな」


 苦戦している俺とは違って、レイは器用なのだろう。何度か魔法を使用してみて不発に終わったことを確認すると、すぐに思考を切り替えて、武器に炎や氷、雷などを付与することに専念していた。レイ曰く、魔力を練り上げて放出する魔法とは違って、ただ武器に属性を付与するだけであれば多少魔力を込めるだけで――といっても、それも訓練がいる――できるようになるとのこと。複数の属性を器用に操るレイだが好んでいるのは雷のようで、訓練人形の多くは焼き裂かれていた。


「あーあ、俺も早めにお前と同じ方向に切り替えればよかった」

「ふふ、ゴウは無理して戦わなくてもいいんだよ?」

「ただ守られているだけってのも……でも、殺すとかは無理だからよろしく」


 この数日間、日中のバオムの森で獣や魔物相手に戦闘を行ったもの、俺は一度としてとどめを刺すことはできなかった。そのせいで、レイも怪我を負ってしまった。本人は「すぐに治るから大丈夫だよ」となんともなさそうな顔をしていたが、それは日中の比較的弱い魔物などが相手だったからこそである。旅をしていくのであれば、俺は確実に足手纏いだ。戦闘など期待されていないとはいえ、状況が状況である。仲間が見つかったとしても、サンクチュア大陸を出てからの話になるだろう。だからこそ、自分の身くらいはと考えていたのだが何度やってもとどめだけは刺しきれなかった。


「大丈夫だよ。動かなくなっていれば、こちらで処理するし。……むしろ、これまで武器を握ったことないのに、頑張ってくれてありがとう」


 レイは俺から弓を取り上げると、「そろそろ時間だね。身なりを整えて城に向かおうか」と一足先に風呂場へと向かった。


「くそ……」


 確かに俺に与えられた特殊能力があれば、俺は戦闘には必要ない。日中に出没するもの相手ならレイだけの力でもほとんどなんとかなっている。夜中に出没するもの相手でも、俺の能力を使えばレイだけでなんとかなっている。この数日で、俺の『触れ合ったヒトの力を増幅させる』という能力についてもある程度分かってきた。上裸で抱き合って寝ることで半日程度の能力強化効果があることや、それよりも持続時間は短いがキスの方が効果上昇することなどが。最初は抵抗もあったが、命の危険を前にそんなことは言っていられないのと、単純に回数を重ねたことで慣れたというのもある。人間の順応力の高さに感心してしまったのはここだけの話だ。

 そんなこともあって、レイは俺に対してやや過保護になっていた。女神様の加護のことを忘れているわけではないのだが、攻撃されないことと目が合うことは別のようでじっと見つめられるだけで俺がビビってしまうのも原因の一つだとは思う。にも関わらず、謎の必中効果によって腕力不足で本来なら足りない飛距離でも当たることから矢を放ちまくって、うっかり加護の効かない強敵にまで矢を放ってしまい二人して大変な目に遭ってしまったこともそうだろう。


(いや、多分それが一番だな……余計なことしたもんな……)


 悔しさはあるが、焦っても仕方がない。

 一度死んでしまった以上、今度こそ『誰か』に必要とされる人生を送ってみせる。

 そのためにもまずはレイと共に世界を救わなくては。冒険ついでに出会いがあるかもしれないし、出会いがあったところで平和でなければ俺の求めるものには程遠い。


「よし、俺も準備をしよう」


 今日は、その始まりの日だ。


 ***


 レイ曰く「形式だけの意味のない儀式」もとい、女神様や王様などへの謁見を済ませ、城の外に出る。すると、見送りという名の野次馬がずらりと並んでいた。騎士たちが列を成しているため、道は開けてはいるものの、今にでも人が雪崩れてきそうなほどの人口密度だった。


「あはは、すごいねぇ」


 レイは思ってもいなさそうな表情で言う。その背後「それだけ皆の期待は大きいのですよ」と女性の声がする。声の方へと視線を向ければ、緋色の髪をゆるりと巻いて、豪華絢爛なドレスに身を纏ったロニアさん――いや、ローニャステラ姫の姿があった。


「んぐっ……ふふ、期待、ねぇ……」

「ロニ……えっと、姫様……なんで、ここに?」


 お姫様モードのロニアさんを見て笑うレイを小突きつつ、何故彼女が城から出てきたのかを問う。ロニアさんはレイの様子を冷めた瞳で一瞥したものの、慣れているのか特別何かを言うことはなかった。ただ簡潔に「見送りですよ」と上品な笑顔で答えると、民衆の前に歩み寄り「みな、静かに」と通る声で指示を出した。その一言で騒がしさが嘘のように静まり返る。


「これより、勇者レイは異界の協力者ゴウとともに魔王討伐ならびに魔神封印のための長き旅に出ます。旅は困難を極めるでしょう。しかし、我々の未来は彼等に託されました。なんという重責でしょうか。それでも、二人は人々の希望を背負い、果てなき旅に出るという選択をしてくれました。我々にできることは、敬意をもって彼等を送り出すことのみです。……みなも祈ってください。勇者レイと異界の協力者ゴウの旅路に女神ペルーアの祝福があらんことを」


 ロニアさんは民に語りかけた。俺たちの旅路が良きものであるように、そう祈りを込めて出発を見送ってほしいと。その声に、人々は「女神ペルーアの加護があらんことを!」を次々と叫び出す。


「レイ、ゴウ。出発の時です」


 歓声の中で、再度ロニアさんと向き合う。彼女はレイにハグをする振りをして、何かを囁いている。楽しそうな面倒くさそうな、どちらともとれるレイの表情から、いつものやり取りでもしているのだろう。


「ゴウ」


 レイとのやり取りを終えると、次は俺のようだ。

 両手を開いて待っている彼女に近付いて、自分からハグをする。後ろに手を回されたことから、嫌がられてはいないらしい。


「ロニアさん、色々とありがとうございました」

「ふふ、あたしは何もしてないわ。ねぇ、ちゃんと帰ってきてね。あたし、待っているから」

「そ、それ……まだ有効なんですか……」

「もちろん」


 レイには聞こえない声量だからか、ロニアさんは本来の彼女のままで語りかけてくる。

 あの夜のことはどうやら本気だったようで、どう反応するべきか分からない。魔道通信機の練習も兼ねて会話自体は何度もしているが、直接会ったのは数回しかないのだ。何故、こんな平凡な男を求めてくれるのだろうか。


「なんでかな、ゴウが良いの」

「ロニアさんのような美人な人に言われて嬉しくないわけじゃないですけど……あ。なら、もっとたくさん会話をしましょう。通信機もあるし。それで、もっとロニアさんのこと教えてください」

「ふふ、うん。レイのいないところでね」

「そ、それは難しいかも……」


 方法はあるのだ、彼女のことをもっと知っていこう。

 離れてしまうけれど、それでもなお俺のことを求めてくれるのであれば、もしかしたら。


「頑張ってね」

「……はい」


 柔らかい唇が頬に触れる。

 くすぐったいなと感じたのは、いったいどちらだったのだろう。


「はいはい、そこまで」

「アンタ、本当に空気の読めない男だね」

「やだな、ちゃんと聞こえない位置にいたじゃないか。ゴウ、そろそろ出ないと」


 ナト町までは約半日というが、旅に慣れていない俺たちの足ではどれだけかかるか分からない。夜になれば敵は強くなる。そうなる前に安全帯へと辿り着く必要があった。そろそろ出発しなければ、安全な場所に着く前に日が暮れてしまうかもしれない。


「ああ、行こう」

「あ、ゴウ。待ちな……いえ、待ってください」

「……ふふっ、民の前ですよ。姫様」

「分かっています。……旅の息抜きに、これを」


 市民からは見えない角度でレイに拳を入れたロニアさんは、そのまま俺に本を手渡してきた。彼女が好んで読んでいる物語のようだ。責任の重い旅路だからこそ、息抜きも大切になってくるのだ、と。


「ありがとうございます」

「ええ、遠く離れても応援していますよ」

「俺は?」

「……もちろん、勇者レイのこともですよ」

「……んふっ、ふふ」


 笑い方が気持ち悪すぎる。

 絶対思っていないことは分かりきっているのに、ただただロニアさんに嫌がらせするためだけに言わせたのだろう。内心不愉快極まりないだろう彼女が、しかし立場上直接文句を言えないことを理解しながら。ロニアさんは笑顔を浮かべているが、なんとなく引き攣っているように見えた。


「ほら、この性悪勇者。さっさ出発するぞ」

「うん、今度こそ出発しようか」


 未だやまない歓声の中を、ゆっくりと歩いて行く。

 俺とレイに、様々な声が掛けられる。そのどれもから旅立ちを喜んでいることが伝わるが、同時に別の思いも含んでいるのだろうことも伝わってくる。しかし、含みを向けられている当の本人は気にした様子もなく、民衆に手を振りながら門へと向かっていく。


「勇者―! 魔王倒すまで帰ってくんじゃねぇぞー!」

「魔王倒すまではカテドラルには入れてやんないんだからねー!」


 聞こえる声を背に、俺たちは門を越える。

 少しすると、あれだけ大きかった歓声はあっという間に聞こえなくなった。「分かりやすいなぁ」と、レイは呆れたような発言とは反対に、解放されてすっきりとした表情で笑う。


「次に帰るときには……俺は次期魔王扱いされたりしてね?」

「その目のせいで?」

「そうそう。赤い瞳は魔族の証。力を持っていれば、なおのこと恐怖の対象になる。カテドラルに戻れる頃には力も付いていることだろうし……」


 もしも、そうなれば俺もレイとともに迫害されてしまうのだろうか。勇者の――いや、悪魔の力を引き出すものとして。それは嫌だな。そう考えていれば、レイが「ゴウのことはロニアが守ると思うよ」と俺の懸念を振り払う。


「そもそも、ペルーアが許さないだろうしね」


 そう言うと、レイは剣を引き抜いた。

 臨戦態勢を取ったレイの様子を見て、俺も一応弓を構える。だが、目に見える範囲には敵がいるような感覚はない。彼は何を感じ取ったのだろうか。一点に集中している視線の先を、同じように凝視してみる。すると、空気がゆるりと揺らめいたような気がした。


「これは魔法かな。……どうやら今日中にバオムの森を抜けるのは厳しそうだね」

「マジかよ……!?」

「どんな魔法が使われているかまでは分からない。ゴウ、俺のそばを離れないでね」

「お前こそ、俺を置いて行くなよ!」


 ナト町に直行するにも、イィナカ村に寄り道をするにも、バオムの森を抜ける必要がある。日中であれば、決まったルートがあるのでどちらに抜けるにしても半日から一日程度で通り抜けることができる。だが、夜になると森は暗闇そのものとなり、道が分からなくなってしまう。強力な魔族と遭遇すれば更に迷い込んでしまうことだろう。村や町との距離こそ遠くはないが、森自体はかなりの広さのため一度迷うと中々抜け出すことが厳しくなるという。


「サンクチュア大陸の殆どを占めているわけだしね。夜に迷ってそのまま海に、っていう人もいるらしいよ。悪運強かったのか、トーレフ大陸に流れ着いたみたいだけどね」

「悪運が強すぎるっていうレベルでもないだろ、それ」


 木々の合間から差し込む微かな光を頼りに森の中を進んでいく。共通の目印なのだろうか、一部の木には赤であったり白であったりといったハチマキが括りつけられている。二十分程直進した辺りで道が分岐していた。分岐は複数あり、多分北だろう方向に青の、多分南西だろう方向に赤のハチマキが巻かれた木々が隠れていた。ちらりと自分達が歩いてきた方向を振り向けば、そちらにある木々の中には白のハチマキが巻かれたものが隠れていた。


「……ゴウ、危ない!」


 レイが警戒しつつも、青のハチマキが巻かれた木の方向へ進もうとしたときのことだった。突然レイに抱き寄せられたかと思うと、真横を矢が通り過ぎていく。


「……は!?」

「ゴウに攻撃してくるってことは……魔人だね。姿を見せたらどうかな?」


 回避を終えるとすぐさま俺を背に庇い、剣をしっかりと構えなおすレイの前に一人の魔人が姿を現す。やはり魔人といっても、見た目はそう人と変わらない。近くで見ると尚更そう思う。

 こちらにボウガンを向ける魔人は少女の姿をしており、上の方で結んだ青色の髪をゆったりと揺らしながらも、赤い瞳は明確な敵意を持ってこちらを睨みつけていた。


「哀れな勇者ちゃん、ついに動き出しちゃったんだ~」

「あはは、長年の監視ご苦労様。そこ、通してくれる?」

「ジョーダン! ……魔王サマがなんで勇者ちゃんを生かしたと思ってんの~? 恩情だよ~? そんな優しい魔王サマに牙を剥こうだなんてぇ……今ここで命をもらうしかないよね~?」

「誰も頼んでいないのに恩着せがましいね~っと! ……っ、流石に初撃は避けられるか」

「……はっ!? あぶねぇ!?」


 なにやら途中引っ掛かるやり取りを挟んでいたが、会話途中であるにも関わらず攻撃を仕掛けたレイのせいで容赦なく飛んでくる矢にそれどころではなくなった。間髪入れずに放たれる矢をレイは剣で弾いて回避する。俺はといえば、反射でなんとか避けていれば奇跡的に一度も当たらずに済んだ。運が良かったのだろう。そう考えて、運が本当に良ければそもそも最初に遭遇する敵が女神様の加護無効なはずがないということに気付く。


「ゴウ、大丈夫かい」

「お前がいきなり攻撃したせいで大丈夫じゃねぇよ」

「ごめんごめん。……ねぇ、おばさん。本気で殺す気ある?」

(こ、こいつ……!)


 何事もなかったかのように隣に並び立つレイに文句を言うが、当の本人は大して反省していなさそうだ。それどころか、見た目は俺たちとそう変わらなさそうな魔人の女性に対して「おばさん」と言い放つ始末。こいつ、弱いと自評するくせに威勢が良すぎはしないだろうか。それとも、俺に与えられた力が想像以上に力を増幅させているのだろうか。分からない。


「こ、このきゃわわな乙女に向かっておばさんですってぇ~!? ……決めた、勇者ちゃんはこの森で一生迷うといいよ」


 怒り心頭といった少女は大きな魔法陣を展開すると、それはバオムの森を包み込んだ。


「テキトーに魔物を四体配置してやったよぉ~。それをぜぇんぶ倒さないと森からは出られない結界を張ってやったんだから! んふふ、やっぱり勇者ちゃんってばカ~ワ~イ~ソ~! ま、全部倒せたらナト町で待ってるわ。全部倒せたらの話だけどねぇ~!!!」

「逃がさないよ! ゴウ!」

「え、あ、おう!?」


 そう言い残して逃げようとする少女にレイはどこからか取り出したナイフを容赦なく投げつける。掠っただけではあるが、スピードが下がるには十分だった。追い打ちをかけるように、俺も矢を放つ。震えた手で引いた弓から放たれた矢は標的には当たるはずがない。普通であれば。しかし、謎の力が働いている俺の矢は奇妙な動きをしながらも魔人の少女に命中した。


「……っ、なによぉ!?」

(……っ、当たった……当たってしまった……)

「隙を見せるのはよくないんじゃない?」


 人に命中させたのは、初めてだった。

 ぼんやりと少女を見る。彼女は顔を顰めてはいるが傷はそう大きくはなさそうだ。そのことにほっとしてしまう。追撃を掛けるのはレイに任せて弓を下げる。これ以上、俺は人の姿をしたものに攻撃はできそうになかった。


「舐めないでくれるぅ? これでもミウィちゃんは勇者ちゃんより長生きしてるのよねぇ!!!」


 雷を纏わせたレイの剣が近く木々を切り倒していく。その勢いのままに魔人の少女へと迫るが、彼女は詠唱と呼ばれるものもなしに強大な炎の魔法を発動すると、レイは勢いよく吹き飛ばされていく。その際にいくつかの木に着火したのか、周囲に焦げ臭さが広がっていく。そんな中で「ぐっ……」と呻き声を上げたレイに駆け寄ろうとするも、魔人の少女が素早い動きで俺の前に立ち塞がる。


「あなたも……ミウィちゃんのこと、おばさんって思う~?」


 甘ったるい声とは裏腹に赤い瞳はギラギラとしている。見かけはどう見ても少女にしか見えない。けれど、彼女の発言や魔法の成熟度合いからミウィと名乗る魔人は長生きしているのだろうことは理解できた。だが、ここで首を縦に振れば俺もレイもあっさりと死を迎えることも同時に理解できる。


「お、俺は……そうは思わないけどな……?」


 ゆっくりと首を横に振れば、じぃっと上目遣いで見つめられる。そして、何かを思い付いた様子で、魔人の少女はにんまりと笑ってみせた。


「ふぅん。なら、きゃわわなミウィちゃんに言うこと、分かるよねぇ?」

「え? えっと……」


 突然の無茶振りに冷や汗が止まらない。けれど、返答を間違えるわけにはいかない。考えろ、彼女が何を求めているのか。命乞いだろうか。いや、多分違う。きゃわわな、と何度も言っていることから、求められているのは可愛いという言葉ではないだろうか。下手に命乞いをするよりは生き延びられる可能性がありそうな気がする。


「ミウィさんは」

「ミウィちゃん」

「ミウィちゃんは……とってもかわいい、です!」


 ど、どうだ!?

 自分よりも低い位置にある視線をどきどきとしながら見つめる。ミウィちゃんはにっこりとして「もう一回」と言うので先程よりも大きな声で「かわいいです!」と叫ぶ。すると、機嫌が良くなったのか、くるんっとターンをすると、そのまま歩き出す。


「もしも、勇者ちゃんが死んだらミウィちゃんに助けを求めてね。あなただけなら助けてもいいよ~」

「え、あ……ありがとうございます……?」

「でも、勇者ちゃんと一緒にナト町まで辿り着いたのなら……そのときは容赦しないよぉ~」


 ――んじゃ、また会おうね。

 ひらひらと手を振って、ミウィちゃんは去っていく。追えば迷わずに森を抜けることができるかもしれないが、レイがいない状況で追っても意味はない。なにより、今のやり取りでどっと疲れてしまった。


「とりあえず、レイを……」


 そこまで体力は消費していないはずなのに、体が重い。それでもレイのもとへと歩いて行く。自分で喧嘩を売っておきながらあっさりとやられてしまった勇者様は、吹き飛ばされた衝撃のせいで木にもたれかかっていた。ただ、周囲の木をいくつか燃やすほどの強大な炎をまともに受けたわりにはダメージは軽そうだ。


「大丈夫か?」

「魔法の方はね。近くに叩きつけられたせいで打ち身の方が痛いかな。動けないほどじゃないけど」

「……お前さ、余計なこと言うのやめたら?」

「事実を言ってるだけなんだけどなぁ」


 反省の色はなさそうだ。バオムの森に配置されたという魔物四体を倒してナト町に辿り着いたとしても、間違いなくミウィちゃんの手によってとどめを刺される未来が見えてしまった。


「俺、お前置いてミウィちゃんに付いた方が良い気がしてきたよ」

「やめておきなよ。あんなだけど、あのおばさん結構性格悪いからね?」

「多分お前には言われたくないと思うわ」

「えぇ? でも、現に魔物四体放置していったじゃない。場所も明かさずにさ。敵の強さにもよるけど、二日くらいは消費させられそうだよね。二日もあれば絶対に策を講じてくるよ」


 どれだけ早く結界の要である魔物たちを倒せるかが肝心になってくる。とはいえ、夜になると敵の強さは増してしまう。そうなれば、俺の力を使っても苦戦することは想像に難くない。


「無茶するにしても、昼のうちに確実に一体は倒しておきたいよね。出来ることなら、もう一体場所だけでも把握しておきたいところだけど……厳しいかもね」


 レイは上を見上げて苦笑する。微かに差し込む光の位置からおおよその時間を把握したようだ。そして、日暮れまでに魔物を探し一体でも倒すことが厳しそうだと判断したらしい。


「先に安全な拠点を確保しようか」

「良いのかよ?」

「こんなところで死ぬよりはマシだからね。さ、行こうか」


 レイはようやく立ち上がると、ダメージなどなかったかのように歩き出す。どうやら、この先には休憩用の小屋があるらしい。迷うことなく進むレイの後を付いていく。

 ミウィちゃんと直接戦闘せずに済んだのは非常に運が良かったとは思うが、問題はここからだ。俺とレイの二人で四体もの魔物を倒せるのだろうか。不安だ。けれど、勇者様はどこか楽しそうだった。この状況で鼻歌まじりに歩みを進めている。あまりにも楽観的すぎやしないだろうか。


(大丈夫か、これ……)


 先行きが不安だ。

 出発当日からこの調子で魔王のもとまで辿り着けるのだろうか。

 だが、俺はすぐにレイの機嫌の良さの理由を知ることになる。そして、それが地獄のタイムアタックの始まりになるとは、この時には思いもよらなかった。

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