第26話



コンコン……




「雨、いい?」

「うん」




 その夜、帰ってきたツグミは自分の部屋に行く前に玄関からそのまま私の部屋を訪ねてきた。



「……ノック出来んじゃん」



 私は机に向かったまま振り返らずに言った。ツグミは扉を閉めると、その場で私の背中に向かって話し始めた。




「今日さ、なんであの遊園地にしたの?」

「……ツグミの引き出しの缶の中…」

「見たの?」

「うん。こないだ接着剤探してた時に……」



 勝手に缶のフタを開けたことを怒られるかなと思ったけど、ツグミは全くそんな素振りを見せなかった。



「なんであれがかすみと行ったやつだって分かったの?」

「日付がかすみさんと付き合ってる時だった…。友だちと行った券なんかあんな大切にとっておくわけないし、多分ツグミは彼女いるのに他の誰かとそんなとこ行ったりしないだろうから…」

「そう」



 私はイスを回転させてツグミに向かい合った。ツグミは、悪いことをして見つかってしまった子供のように、しおらしく反省した顔をしていた。



「ツグミ、本当は初めからずっとかすみさんのことが好きだったんでしょ?」

「…………」

「私には分かるよ」

「なんで?」

「だって、ツグミが好きになる人はいつも私と同じだもん。はるかちゃんのことだって、本当は結構好きだったくせに」

「……別にそんなことないけど」



 ツグミは私から視線を逸らした。



「やっぱり」

「そんなことないって言ったじゃん」

「ツグミが本心を隠す時の仕草、もう気づいちゃったから」

「……まぁ……あの子は普通に可愛かったけどね…」



 観念したツグミはやんわり認めた。



「かすみさんのことだって、涼しい顔して『初めから好きじゃなかった』とか言って強がってたくせにさ、一緒に行った遊園地の半券なんか大切に缶に閉まっちゃうくらい本当はめちゃくちゃ好きなんじゃん」

「……そんなこと、今まで誰にもなかった。かすみにだけ…」

「そんなに好きなのになんで私に譲ろうとするかな。そもそも私がかすみさんのこと好きなの、いつ分かったわけ?」

「家庭教師始まってすぐくらい」

「私なんかした?」

「顔見てれば分かるよ。だから参った。雨がかすみのこと、どんどん本気で好きになってってたから…」

「………」

「……かすみから雨とキスしたって聞いた時、すごいショック受けたよ。だけど、落ち着いて考えたらその方がみんな幸せになれるんじゃないかって思った。雨はかすみが好きだし、かすみも雨といるとよく笑ってたし、楽しそうだったから」

「…ツグミは?」

「……かすみは私といると、いつも私のこと疑ってた。『好き』って言われて『私も好きだよ』って返してもいつも悲しい顔して、『ツグちゃんの好きは私とは違う』って信じてくれなかった。特に百々花のことをすごく気にしてて、百々花は妹みたいなもんだからって話したけどそれも信じてくれなくて……私は、好きな人に信じてもらえないのが何よりも辛かった。だからあの時、別れようって言った。それが一番いいと思ったから」

「……それで、敢えて百々花さんに頼んだんだ?彼女役」

「なんで知ってるの!?」

「……いや、そうかなって思っただけ……百々花さんて明るくていい人だけど、ツグミのタイプとは違うもん」



 つい口にしてしまった私の知るはずのない事実を、百々花さんに迷惑がかからないよう、本心を混ぜつつ上手くごまかした。



「……いっそ、かすみが私のこと最低だと思ってくれたらいいって考えた。それで私のこと嫌いになれば、私も未練を捨てて忘れられると思ったし、かすみも自分の気持ちに気づいて雨と幸せになれると思って」

「自分の気持ちって?」

「私、かすみは私のことを心から好きなわけじゃないってずっと思ってた。かすみが執着してるのは恋に対してで、私なわけじゃないって。そのことに気づいてほしかった」

「なんでそんな風に思うの?かすみさん、どう見たってツグミのことすごい好きそうだったじゃん」

「つき合いたての頃、元々私のこと好きになったきっかけは顔だったって言われたことがあって…、それに私には他には何もないから…」



 ツグミの話を聞いて、確かにかすみさんが『ツグミの顔が好き』と言っていたことを思い出した。

 常にひょうひょうとしたツグミにも、誰かの一言がずっと心でくすぶってしまうこともあるんだと初めて知った。



「…だから、雨のことを知れば私よりも雨のこと好きになるだろうなって普通に思ってた」

「そんなことあるわけないじゃん!同じ顔ならツグミがいいに決まってる」

「なんで?」

「なんでって……事実、みんなそうだったし!」

「………私はそう思わない。雨はすごいよ!いつでも自分の心にまっすぐで、行動力あるし、なんでも一生懸命で、結局人にやさしいし。いつも自分の心を隠してばっかりで、何にも向き合わない私とは全然違う」



 突然すごく自然に私を褒めるツグミに気恥ずかしくてちゃちゃを入れたかったけど、その顔が真剣過ぎたからやめた。代わりにまたイスを元に戻し、背を向けて話を続けた。



「……だけど、かすみさんは私じゃだめだった。かすみさんは私の前でもいつもツグミしか見てなかったよ。それが何よりの証拠でしょ、かすみさんが好きなのは顔だけじゃない。全部ツグミじゃないとだめなんだよ」



 ツグミから返事が返ってこないので様子を伺おうと少しだけ振り返ると、私の気持ちを思ってるのか難しい顔をして黙りこんでいた。



「バカだね!ツグミもかすみさんも。好きなら好きだってもっともっと伝えればいいのに。それだけなのにさ。二人とも頭はいいくせに、そうゆうとこ全然ダメなんだから。勝手に人の気持ちを自分で決めつけて、諦めて、でもやっぱりまだ好きとか……。ほんとバカじゃん!」

「………」

「……でもよく似てる。だから二人はやっぱり合うんだよ」



 また何も言わなくなったツグミに、私は全く別の話をした。



「ねぇ、もう一個教えて!あれは何?もう一つあったやつ」

「もう一つ?なんの話?」

「引き出しの缶の中にあった赤いリボン。あれも誰かとの思い出じゃないの?それとも、あれもかすみさん?」

「……覚えてないの?あれは、雨がくれたやつじゃん」

「え?」

「小学校の時、運動会の50メートル走で私がぶっちぎりのビリになってさ、その夜恥ずかしくて一人で部屋で泣いてたら『雨のやつ、おねえちゃんにあげる』って、 自分が獲った一等賞の赤いリボンくれたんだよ」

「……そうだったっけ?」

「雨、まだ一年生だったし覚えてないか……」

「……うん」



 本当はツグミに言われてなんとなく思い出してたけど、恥ずかしくて忘れたふりを続けた。



「あれくれる時、雨なんて言ったか覚えてる?」

「え…覚えてるわけないじゃん…」

「私のこと、世界で一番のお姉ちゃんだってさ」

「そんなこと言った!?」

「言った。……だから私、その日からずっと、雨の一番でい続けたくて何でもかんでも頑張ったんだもん。でもその結果、どんどん雨には嫌われてったけどね…」

「別に嫌ってはないでしょ…」

「どうかなー、あの頃はおねえちゃんって呼んでくれてたのに、今じゃいつのまにか呼び捨てにされてるしね」



 ツグミは珍しくちょっと寂しそうな顔をしていた。



「えっ、なに?おねえちゃんって呼んでほしいの?」

「うん」




 一点の曇りもない真顔で答えるので、意外なその返事に私の方が恥ずかしくなってしまった。




 あからさまに照れてる私を見て、ツグミは声に出して笑っていた。




 こんなツグミは久しぶりに見る。ツグミが笑ってるのも悪くないなと思った。



「……てゆうか、百々花さんだって妹みたいなもんなんでしょ?」

「……何?突然。もしかして雨、嫉妬してんの?」

「なっ!?よく自分からそんなこと言えるね?」

「安心しなよ、妹みないなものと妹は違うから」



 ツグミは構えることなくさらっと言った。気恥ずかしさの中にやっぱり悔しさが少しだけ混じる。



「……かすみさんにさ、ツグミから家庭教師断っておいてよ」

「えっ…」

「当たり前じゃん。別れた彼女に勉強教えてもらうとかないでしょ」



 私はあえて笑いながら言ったけど、ツグミは言葉に詰まっていた。



「それにさ、こんな近くに優秀な人材がいるわけだし」

「私でいいの?嫌がってたのに」

「その方が気使わないもん」

「私はかすみみたいに優しく教えたりしないよ?」

「私だって大人しく座ってないよ!」

「いや、座るくらいはしなよ」






私たちは目が合うと、また思わず吹き出してしまった。






 今はまだ絆創膏で隠しただけの傷がいつか本当に綺麗に治ったら、その時はまた「おねえちゃん」て呼んであげようと思う。






 きっと大丈夫。

 はるかちゃんとも笑いあえたんだ。

 大好きな二人が幸せでいてくれるなら、私もいつかはきっと、笑えるはずだ。
















【姉の彼女を好きになりました。】





おわり











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姉の彼女を好きになりました。 榊 ダダ @sakaki-s

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