第23話



 ここ数日でいきなり寒くなったからか、数日前から風邪の悪寒を感じていた私に、ピークがやって来てしまった。



 学校帰り、いつもの所要時間を倍に感じながらようやく地元の駅に着いて改札を抜けると、偶然横に並んだ人に声をかけられた。



「あっ!雨ちゃん!?」

「えっ、はるかちゃん!?」



 こんな時にはるかちゃんに会うなんて、なんてリアルタイムなんだろう。



 はるかちゃんは、中学時代の初恋の相手。そして、ツグミの元カノだ。



 あの日、私がはるかちゃんから受け取った手紙をツグミに渡して間もなく、めでたく二人は付き合うことになった。



 あの時、私は人生で初めての絶望を感じた。ただその期間が大して長くは続かなかったことがせめてもの救いだった。



 二人は付き合ったものの、ものの一ヶ月で別れてしまったのだった。



「久しぶりだね! 卒業式以来じゃない?」

「そうだね、二年ぶりくらいかな」


 

 不思議なもので、住んでるところは変わらないのに、高校に上がったとたん、中学までの同級生にばったり会うようなことはほとんどなくなっていた。



 特別連絡を取り合う友達が数人くらいで、他の子達に関しては今何をしてるかなんてもう何一つも知らない。



「雨ちゃん元気?」

「……そこそこね」



 気を使わせるだけなので、私は体調を崩していることはわざわざ言わなかった。



「はるかちゃんは?」

「私もそこそこー!」



 私の真似をして笑う二年ぶりのはるかちゃんはやっぱりあの頃のまま可愛くて、あの頃よりさらに綺麗な女の子に成長していた。



「そうだ!ツグミさんは?元気にしてる?」

「うん、相変わらずあんな感じだよ」

「そっか!今でもモテるんだろうねー、女の子に」

「まあね」

「やっぱりねー」

「……あのさ、はるかちゃん、ちょっと聞きたいことあるんだけど…」



 私はこの偶然の機会に、ずっと知りたかったことを聞いてみようと思った。



「うん、なに?」

「はるかちゃんとツグミってさ、なんで別れたの?」

「えっ!それ今更聞くの?!どうして?」



 はるかちゃんは慌てるように困った。



「今だから聞いてもいいのかなって思って。ずっと気になってたんだよね、付き合ってほんとすぐに別れてたから」

「……雨ちゃん、怒らない?」

「私が怒るようなことなの?」

「……あのね、言葉のあやってゆうか、話の流れで言っちゃっただけなんだけど……」



 その時、改札から人の波が押し寄せて来たので、私たちは邪魔にならないよう端の方へと移動した。



 いったん間が空いたことで、はるかちゃんはまた話しにくそうにした。



「全然気にしないから大丈夫!」

「ほんと…?」

「うん!昔のことだもん!」



 私がそう言うとニコッと笑ってすぐ切り替わる。こんな調子のいいところも好きだったな…と、昔のことを思い出した。



「……付き合うようになって何回かデートしたんだけど、二人でいる時、ツグミさんはいっつも雨ちゃんのことばっかり話してたの……。今考えれば当たり前だよね、ほとんど話したこともなくて、共通の話題って言ったら雨ちゃんのことしかなかったから。だけど、その時の私はもっとお互いの話がしたいって思っちゃって…。何回目かのデートの時にね、ツグミさんがまた『雨がさ…』って口にした時、私『もう雨ちゃんの話はしないで!』って言っちゃったの……」



 私は複雑な気持ちで頷いた。



「そしたらツグミさんに『でも雨とは友達でしょ?』って言われて。その言葉につい私は、『雨ちゃんと仲良くしてたのはツグミさんに近づくためだった』って言っちゃって……。もちろん、本当はそんなこと思ってないからね!!…ただあの時は、私がどれだけツグミさんのことを好きか分かって!って、必死になってたからついそうゆう言い方しちゃって…」

「…でもまぁ、あながち嘘じゃないよねー。はるかちゃん、ツグミに会った日からやけに私んに遊びに来たがってたもんねー」



 私は敢えて笑いにして返した。



「それは……まぁ……たまたま会えたら嬉しいな…って思う気持ちはあったかもしれないけど……」

「まーいいって! ごまかさなくても!…それで?」



 少し罰が悪そうなはるかちゃんを気遣って、話の先を急がせた。



「あ、うん。そしたら突然ツグミさんが怒っちゃってね……」

「え?ツグミが?怒ったの?!」

「そうだよ…、すごい怒られちゃった…。『雨のことそんな風に言う子とはもう付き合えない!』って、すごい勢いで言われて一瞬でフラれたんだから!しかもツグミさんそのまま私のこと置いて帰っちゃうんだもん…。その後私、一人で泣きながら帰ったんだよ?あの時は悲しかったなぁ……その後もかなり引きずったし……」

「そうなんだ……」



 私は処理しきれない色んな気持ちについていけなかった。



「でも今は思うよ、いいお姉さんだよね!」

「どうかな」

「恥ずかしがっちゃって!私も妹いるけど、妹のこと悪く言われたらそりゃ嫌な気持ちにはなるけど、実際他人に対してあんなに敵意むき出しにはなかなかなれないって思う。空気読んじゃうし。相当ツグミさんにとって雨ちゃんが大切ってことだよね」

「………」

「あっ!ねぇねぇ!ツグミさん、今は?彼女いるの?」

「……彼女はいないみたいけど、決まった人はいるのかもしれない」

「なーんだ、残念!」

「…はるかちゃん、まさかまだツグミのこと…?」

「冗談だよ!さすがにあんなフラれ方してそれはないって!でも、案外いい思い出かな…。辛い思いはしたけど、あの一件以外はツグミさんすごく優しかったんだ。…綺麗でかっこよくて、隣で見てるだけでもすごく幸せだったなぁ…」

「ひどいことされたのにそんな風に思えるんだね」

「てゆうか、実際あれは私が悪いしね…。……でも、今もツグミさんのことそう思えるのは、本当に好きだったからかな?結局好きだから許せちゃうっていうか、惚れたら負けだよね!」



 そう言ったはるかちゃんは思い出を楽しそうに笑って、本当にもうすっかり未練はないように見えた。



「そうだ!雨ちゃんは?付き合ってる人とか、好きな人とかいるの?そう言えば雨ちゃんとはそうゆう話したことなかったよね?」

「私は……」



 言葉に詰まった。



「…私はね、あの頃はるかちゃんを好きだった…」



 はるかちゃんは一瞬ピタッと動きを止めて私を凝視した。でもすぐにその表情は柔軟さを取り戻した。



「えー!?うそだぁー!」

「…………嘘だけど」

「やめてよーもう!びっくりしたじゃん!」



 はるかちゃんは私がふざけただけだと思い込んでいたけど、私はそれでいいと思った。



 その後、また少しだけ昔の話をすると、私たちは次に会う約束もせずに別れた。




 もしかしたらもう二度と会うことはないかもしれないはるかちゃんに手を振る時、私は今までで一番上手に笑えた気がした。




























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