第14話
あの日からかすみさんは家庭教師の日じゃなくても家に来るようになった。
ツグミじゃなく、私に会うために。
でもその心のほとんどはまだツグミで埋まっていることを、私はちゃんと知っていた。
それでも、かすみさんを好きな気持ちだけが私を奮い立たせていた。
休みの日、狭い部屋の中、私たちは一日中二人でいた。ベッドの上に座りながらかすみさんは、テレビすらない私の部屋で、小さい頃の話、好きなものの話、大学生活の話、色んな話をしてくれた。
私はかすみさんのことを知れば知るほどもっと好きになっていった。
「部屋で話してるだけでつまらなくないですか?」
私はいつも不安に思っていた。
ただ二人でいるだけでも私にとっては最高の時間だけど、かすみさんは物足りなさを感じているんじゃないか?
かすみさんは私のことをそうゆう風に好きなわけじゃないんだから……
「どうして?私は楽しいよ!雨ちゃんはつまらない?」
「楽しいです!かすみさんといるだけで私は……」
急に恥ずかしくなって言葉終わりに目を逸らしてしまうと、かすみさんは嬉しそうに私の頬に触れて自分の方にそっと向かせた。
「私も雨ちゃんと話してると本当に楽しい。他の誰といるよりすごく自然でいられる気がする」
そんな風に言われて欲が出てしまった。
「……ツグミよりもですか?」
その名前にかすみさんは一瞬で笑顔を曇らせ、触れていた手を離した。
「ごめんなさい……」
かすみさんは膝を抱えるように座り直し、またやさしく笑ってくれた。
「…謝ることじゃないよ。ツグちゃんとはね、自然でいられるなんてことなんて一度だってなかった……。いつも気を張って緊張して、好きなのは私だけなんじゃないかっていっつもいっつも不安で……。一緒にいる時間は増えていくのに、どこか縮まらない距離をずっと感じて、寂しいことばっかりの毎日だった…」
本心と私へのフォローを兼ねたその話に、私はまた傷ついた。
かすみさん自身は気づいていないけど、そこにはツグミを好きなことがよく分かる言葉達が並んでいたから。
「……ツグミはマイペースな人間だから、人と距離を縮めるなんてこと、誰に対してもないんじゃないかな」
私が冷めた調子で言うと、かすみさんは真剣な顔で反論した。
「でもきっと、ツグちゃんにももっと自分をさらけ出して心を通わせられる相手がいるんだと思う!…それが私じゃなかっただけで……」
私は恐くて、その時のかすみさんの顔を見ることが出来なかった。
「……私の相手は、雨ちゃんだったのかもしれないね」
「かすみさん……」
ゆっくりと顔を上げると、かすみさんは堪えきれない様子で嬉しそうに笑っていた。
ちょっとだけ意地悪そうな笑顔が死ぬほど可愛い。だけど、私にはそのリアクションの理由が分からなかった。
「…なんで笑ってるんですか?」
「雨ちゃんて、本当に私のこと好きでいてくれてるんだなぁって嬉しくなっちゃって」
「…好きですよ……そりゃ」
「私が何か一言言うたびに顔赤くしちゃったり、この世の終わりみたいに悲しい顔になったり、目まぐるしくて可愛い……そんな雨ちゃん見てると、私、愛されてるんだなって安心する…」
「……だって……私の心の中は……全部かすみさんで埋まってるから……」
なんとか言葉にした私は、膝をぎゅっと抱いて自分の体が最小になるくらいに縮こまってしまった。すると、かすみさんは私との距離を詰めて座り直した。
私は鼓動から来る振動を止めようと、自分の体をもっときつく押さえつけた。
「かわいい」
そう言ってかすみさんは私の肩に手を回すと、自分の方に私を引き寄せた。
体中に力を込めていた私は、あっけなくかすみさんの胸の中に向かってコテっと倒れた。
こめかみの辺りにかすみさんの胸の柔らかさを感じた。
「私も雨ちゃんが好きだよ」
その言葉は嘘じゃない。でも私よりも好きな人がいる。全て把握していても、かすみさんの思わせぶりなセリフに惑わされそうになり、私は全身で感じてしまっていた。
「雨ちゃん……私としたいことある?」
「……し…したいことって…?」
「……本当は分かってるでしょ?」
「あ、あの……」
「お願い、言葉にして言って……私、雨ちゃんの口からちゃんと聞きたい…」
「………キスがしたいです」
思い切ってそう言った後、かすみさんを見上げると、かすみさんはすぐに唇をくれた。
何度繰り返しても慣れることのない快感に、私は初めての時のように自分を失って溺れた。
息をすることも忘れて無我夢中でかすみさんを求めた。限界的に息苦しくなってようやく一瞬離れると、言葉通り息つく間もなく少しだけ開けた唇の間からかすみさんの生ぬるい舌が入ってきた。
その瞬間、私の体の中の核が強く反応をした。
「雨ちゃんかわいい……」
かすみさんはそんな私を愛おしそうな目で見つめながら、キスを続ける。
「……かすみさん…………かすみさん………」
どんな言葉も足りなくて口に出来ない代わりに名前を連呼し続けた。
「次は?次は何がしたいの?」
かすみさんは瞬きもせず目よりももっと奥をじっと見つめてくる。
私は心臓が爆発しそうになりながら、欲望を口にした。
「かすみさんに……触りたいです……」
「…いいよ……」
でも、どう触ったらいいのか、どこまで触ったらいいのか分からない。
私は固まってしまった。
そんな私をけしかけるように、挑戦的な目で覗きこむ。かすみさんのそんな表情、私は見たことがなかった。
「雨ちゃん、私が欲しくないの?」
「……欲しいです……」
「なら、無理にでも自分のものにしたらいいのに……ツグちゃんのこと、忘れさせてくれるんでしょ?」
かすみさんが発する“ツグミ“”という言葉が私に火をつけた。
くだらない羞恥心が一気にどうでもよくなった。
私はかすみさんをそのままベッドに押し倒すと、初めて自分からキスをした。
さっきされたように、見よう見まねで舌をねじ込んで舌を舐める。
かすみさんは私と同じように体全身で感じてくれた。
その様子を見て少し自信をつけた私は、服の上からかすみさんの胸にそっと触れた。
その想像以上の柔らかさに驚いて手が止まった。
「中に入ってもいいよ?」
かすみさんは一人じゃ何も出来なそうな頼りない私の手を取り、一緒にシャツの裾から中へ入っていってくれた。
肌の上を滑りながら導かれ、直接その胸に触れる。
服の上からと比べ物にならない溶ろけてしまいそうな感触に、脳の中の大切な回路が一部ショートしたような、そんな衝撃を感じた。
そこからは、ほとんど記憶がないくらい必死だった。
どうしたら分からなくても本能で動き、その動きが正解かどうかは、かすみさんの声をよく聞いて確かめた。
ツグミがどんな風にこの人を抱いたのかは知らない。
ただ、ツグミを思い出す間も与えないほど、かすみさんを感じさせたかった。私はそれに必死だった。
かすみさんの服を一枚一枚脱がしていくたび、その心の中に入っていけるような気がした。
かすみさんに声にならない声で呼ばれると、それだけで私の中からは色んなものが溢れてきた。
こうして私は、もう二度とは戻れない扉の向こうへ入ってしまったんだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます