西洋人形ロリババアのシスルさんに駅まで送ってもらうだけ

……ご馳走様でした。……本日の塩ラーメンも、けっこうなお手前でしたわ、店長さん。……ああ、大将、とお呼びした方がよろしいのでしたかしら?………あら、そうですの?……ふふっ。……はい、また、伺わせていただきますわね。………ええ、それでは、また。ご機嫌よう。

………お待たせしました。…では、参りましょうか。



ふーーっ………。……今日も美味しかった、ですわね。……あなたも、相変わらず美味しそうに食べてくれていましたし………あんな食べっぷりを見せてくれると、あの屋台にあなたを連れていったわたくしとしても、何だかうれしくなってしまいすわ。

……え?いつもは3杯おかわりしているのに、今日は4杯だった?……。……よく見ていますわね。………普通に気付く?………まあ、それもそうかしら。………1杯くらいなら、誤差ですわ誤差。………よく食べるなぁ?………う、うるさいですわね………。

……はい?………あんなに食べておきながら、わたくしのこの、ヒラヒラの多めな……装飾の多めな衣服に、まったくラーメンのスープの飛沫が飛んでいないことも、気になる………というのですの?………。…………まあ、それなりの間、食べ続けていますから。………慣れですわ、慣れ。…毎日………とまでは言いませんが、週3か4ぐらいのペースで食べていれば、麺を啜りながらでも、汁一滴飛ばさず食べ切ることができるようにはなりますわ。………それはそれとして、お洗濯はきちんとしていますわよ?ハクニではないのですから。……せめてお風呂にぐらいはまともに入ってほしいものですわね、あのひとったら………。

………こほん。…それではこのまま、駅へと向かうことにいたしましょう。………あなた、始発に乗らなくてはならないのでしょう?………ええ、わたくしもついて行きますわよ?すぐ近くですしね。……ここからなら15分はかからないかしら?食後の運動にはちょうどいいですもの。…………。……夜が明けてあかるくなるには、まだ少しだけ早いですわよ?……だから、遠慮なさらずに、わたくしに夜道をエスコートされてくださいませ……。



………………。………それにしても………夜でもだいぶ暖かくなってきましたし、陽が落ちている時間も少なくはなってきましたが…………それでも、この時刻─────夜明け前ごろだと、まだまだ肌寒いものですわね。……今年は、日本の夜にしてはいつもより気温が低いというのもありますが。………ええ、前にも言ったでしょう?わたくしのこの人形の身体でも、温度の変化を感じとることができるのだと。………まあ、外気のひんやりとした寒気は感じられるとはいえ……それで身体を冷やした結果体調を崩したり風邪をひいてしまったりするというわけではありませんが。



…………。………………。……やっぱり…………わたくしの足音、気になりますの?………あら、いいんですのよ謝らなくても。…………気になったというよりは─────気に入ってくれたのでしょう?ふふふっ。……少々、特徴的な音を立てていますものね、わたくしの足音。………この、陶器でできた状態のわたくしの素足…………アスファルトみたいに硬い地面だと、靴を通してでも、こんな、風に……。


かつ…かつ…かつっ。………………コツッ。


タップダンス、みたいでしょう?………ふふふっ。

………まあ、あまりうるさかったり、目立ったりするのもなんですし、………そうですわね、足音が響かないような靴下を、ハクニにまた新しく仕立ててもらおうかしら……。



……………うーん、今日の空.………随分と雲が厚くて……星どころか月まで、隠れて見えなくなっていますわね……。………そうですわね、かなり雲の色も暗いですし……この分だとそろそろ、ひと雨降りだすかもしれません。………ですが、まあ、それまでには駅に着けるでしょう。………ああ、わたくしのことなら、お気になさらず。……ほら、こんな風に……傘が、胴体部に内蔵されていますので。もし帰り道で降り出したら、これをさして帰るだけですわ。………そうだ、傘のほうはもう一本ありますから………何でしたらあなたにお貸しいたしましょうか?………ええ、返すのはいつでも構いませんわよ。………できたら、あなたが寿命で死んでしまう前に返していただきたいですけれど♡………………冗談ですわ。……うふふふふっ♡………では、どうぞ。…こちらになりますわ。



…え?….……ああ、確かに…………。……そこの建設中のビル、だいぶ完成してきましたわね……。………わたくしが来日した頃には……割と最近ですわよ?……このあたりにはまだ、ここまでの高層ビルは建っていなかったのですが……一気に開発が進みましたわね。………このビルも、何メートルぐらいになるのかしら?…………ですが一方で、そちらにあるアパートのように─────随分と古いものも、まだ残っているのですが。………………。……あまり、人の気配はいたしませんわね。……住人の方は誰か、いらっしゃるのでしょうか?……といって、取り壊されるような雰囲気もありませんし………。……………。……おばけが出るかも。……………なんて、ね。………あっ……?


キィ………ギキっ。


んんっ………。………いえ、あの、ここに………左手首の球体関節の隙間に、……小枝が………。街路樹の上の茂りから落ちてきて、ちょうど挟まってしまったようですわね…………。……ああ、大丈夫ですわ、これぐらいならすぐに取れますので。あなたのお手を煩わせる必要はありませんわ。………ええ、これならわざわざ、手首を取り外すほどでもないでしょう。少し、関節部分の締め付けを緩めれば…………あら…?


ひょいっ。………ぽとんっ。


……ああ、引っかかっていた小枝、うまく落ちましたわ。…………。…………もう、わざわざあなたがつまんで取る必要は無いと申しましたのに…………。………ですが、ええ……そのお気遣いは、受け取っておきます。……感謝いたしますわね。



………。………………。………駅、見えてきましたわね。……………。…………………あら、あそこ。……ええ、そこのコンクリート塀の上に………猫。………………。………にゃーー。


…にゃーお。………。…………とてとてとてとて……。


…………。…………………逃げて………離れていって、しまいましたわね。…………。…………………。……わたくし、そんなに相手に威圧を与えるような風体をしているかしら………しくしく。………………。……あら、慰めてくださいますの?…………うふふっ。………ありがとうございます。



…………。……………………。………駅に、着きましたわね。……ええ、始発はまだ……来ていないようですわね。間に合ってよかった。……………。………雨が降ってくるかもしれませんし……構内に、入りましょうか。


……ああ、そちらに腰をお掛けになるときはお気をつけになって。………この駅の構内のベンチ、だいぶ古いものですから………。建物自体、木造ですし。……この駅も古くて、確かショウワの終わり頃に作られたものと聞いたような……。……ですが、まあ………あなたはこういった建物のことがお好きなのでしょうね。うふふ。


……………。…………あそこ……天井の隅…………ええ、蜘蛛が……巣をかけていますわね……。………あの方も、もしこの先何年も何年も生き続けることが出来たら、ハクニのようになるのでしょうか。……………あなたは、どう思います?


…………。…………………。(ぽすっ…………。)…………やっぱり、少々冷えますので………こうやって、あなたの身体にもたれさせていただいても構いませんこと?…………あら、上着まで貸して下さるの?………やさしいのですね。

………………。………………………………………………。……………ああ、あの音………。……ええ……電車が、来たようですわね。……………。………………。……行きますの?………そう、ですか…………。…………ええ。…それでは………ご機嫌よう、お気をつけて。…………いってらっしゃい。

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