第19話 検証結果

 つまりは世界の外側から流れてきているのだ。

 そこまで分かれば後は大体見えてくる。

 

 「――なるほど。 よくできている」


 必要な情報は得た。 少なくともそれだけ分かれば充分だ。

 

 ――少なくとも今は。


 「さて、用事も済んだし戻ると――おや?」


 気が付けば襲ってきたワイバーンは全滅し、周囲は死骸だらけだった。

 放置すれば他の生き物が勝手に処理してくれるかもと思ったが、疫病が流行っても困るので後始末が必要だろう。 応供はやってしまったものは仕方がないとその場の片付けを始めた。


 

 朱里はミュリエルという女性を甘く見ていたのかもしれない。

 いや、正確にはステータスという存在をだ。 ミュリエルは箸ぐらいしか持てなさそうな細腕で軽々と建材を運び、壊れた家屋の屋根を素手で剥がし、借りて来た工具を用い、屋根をやや乱暴に塞ぐ。


 「アカリさん。 今度はこちらを支えてください」

 「あ、はい」


 何をしていいか分からない朱里はミュリエルの指示に従って彼女を手伝う。

 板を打ち付ける際に支えたり、簡単な荷物運びなどだ。 ステータスの恩恵なのか日本に居た頃には持てなかった物が軽々と持てる事に思わず凄いと少しだけ感動した。


 ミュリエルは専門職ではないのでお世辞にも手際が良いとはいえなかったが、家としての体裁を整える事に関しては上手くやっている。

 穴の開いた屋根や壁を塞ぎ、使い物にならない家具は破壊して薪に変えてしまって暖炉に放り込む。


 二部屋しかない簡素な家屋だった。 暖炉のあるリビングと物置に使っていたであろう部屋だけ。

 後は窓が一つと出入りに使うドアが一つといったシンプル過ぎる代物だった。

 野宿よりはましだが、生活の価値基準が日本の朱里からすればあまり許容したくない日々が待っていそうだと少しだけ気持ちが落ち込む。 その間もミュリエルは作業を続けている。


 ――何か話を振った方が良いのかなぁ……。


 黙っていると間が持たない。 

 ミュリエルが何を考えているのかは分からないが、朱里はこの沈黙に耐えられそうになかった。

 

 「あのー、聞いてもいいですか?」

 「はい、なんでしょう。 私に答えられる事であれば良いのですが……」

 「黙っているのもアレなので、雑談の延長程度って捉えて欲しいんですけど、アポストルって何ですか?」


 必死に考えて捻りだした話題がこれだった。 

 アポストル。 召喚された日本人の一人がそう呼ばれていた。

 明らかに自我を失っており、結果として応供に殺されてしまったが一体あれは何なのだろうか?

 

 前に触れた時は窓口と言われていたがもう少し詳しく聞きたかった。


 「……加護の説明は既にしていますね」

 「はい、信仰する神が力をくれる感じなんですよね?」


 朱里の答えにミュリエルは苦笑。


 「ざっくりとしていますが概ねその通りです。 加護により、他人は神と繋がり、恩恵を得ています。 ここで重要なのは神と『繋がっている』事で、力を受け取っている以上、神側から干渉する事もまた可能という事です。 アポストルというのは加護を通して神がその肉体に降臨された存在を指します」

 「つまり神に体を乗っ取られるって事ですか?」

 「やや語弊があるような気もしますがその通りです」

 「――という事は応供君って神様と戦って勝ったって事?」

 「勝ちはしましたがアレは全体からすればほんの切れ端、本来の力には遠く及びませんよ」


 朱里が振り返ると応供が戻ってきていた。


 「おかえり。 何処に行ってたの?」

 「ちょっとステータスの検証を行っていました。 色々と分かったので作業が一段落したら披露しますよ」


 応供は手伝いますと言って朱里に代わってミュリエルのサポートに入った。



 暖炉で燃えている炎のお陰で暖かくなった室内で三人は座り込む。

 家具がないので床に座るしかないのだ。 

 作業が一段落し、落ち着いたところで応供はさてと話題を切り出した。


 「さっきまでステータスに付いて調べていました。 その結果がある程度ですが出たので報告させていただきます」

 「調べたというのはどういう……」

 「ミュリエルさんはステータスを目に見えない鎧で数値はその性能と表現しましたが、認識としてはやや浅いですね」

 

 朱里はミュリエルと顔を見合わせる。 応供の言っている事がよく理解できなかったのだ。

 少なくとも朱里はミュリエルから聞いた話に気になる点はなかったのでどう浅いのだろうかと首を傾げる。 ミュリエルも常識レベルの話だが、自分が知らない事があるのだろうかと同様に首を傾げた。


 「簡単に言うとステータスシステムは本質的にスマートフォンに近い代物です」

 「す、スマホ?」


 いきなり飛び出したこの世界には存在しない文明の利器の話をされ、混乱してしまう。


 「そちらの世界に存在する携帯端末ですね。 これまでにかなりの数を押収しましたが、こちらではまともに扱えないので基本的に用途のないアイテムですが……」

 「ステータスは世界から与えられる力でスキルもそれに由来するものです。 レベルに関しては解釈は分かれそうですが、全員が持っている仕様が全く同じのシステムと解釈してください」

 

 確かに世界と繋がっているのなら認識としては携帯端末に近い。

 ステータスを通じて全ての人間は世界と繋がっているという事になる。

 そこまでは呑み込めたが朱里とミュリエルは今一つピンとこないようで表情には困惑の色が濃い。


 「で、この結論に至る根拠ですが、ミュリエルさん。 スキルの習得方法に関してはどう認識していますか?」

 「スキルですか? 正直、はっきりしていない事が多いので何とも言えませんが分かっている方法は二つ。 一つは加護を通して得る事、私達が火の魔法に長けており、関連スキルを身に付けているのはこれが理由です。 もう一つは特定技能を修める事で習得できると聞いておりますが、これはどうもはっきりしません。 剣を振り続けたら『剣術』スキルを入手した者は数多くいますが、全員ではないのでよく分かっていないのです」


 ミュリエルはそれがどうかしたのかといった表情を浮かべるが応供は納得したかのように頷く。


 「いえ、その認識は正しいです。 はっきりしないのも無理はありません。 何故ならステータスを持つ全ての人間は全てのスキルを潜在的に持っているのですから」


 ――潜在的に持っている?


 言葉の意味は分かるが今一つ何を言っているのか理解ができなかった。

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