第17話 心を掴む説得

 「な、なんだいこれは……」

 

 思わずビスワスは声を漏らす。 残った男のステータス。

 名前はアラカン・オウグ。 それ以外の事はさっぱりわからない。

 本来なら読み取れる部分が見た事もない言語で埋め尽くされていたからだ。


 ステータスの数値すら分からない。 それだけなら何らかの手段でごまかす、または鑑定スキルを遮断しているのではないかと思うのだが、魔道具を介してではなく、スキルを使用して直接見ているビスワスにははっきりとその異様さが伝わった。 これは理屈ではなく感覚的な物だったので上手く説明できない。


 気が付けば顔面を汗まみれにして呼吸が乱れていた。


 「えっと? 村長さん? どうかされたんですか?」


 ビスワスの様子がおかしくなったのでアカリが心配そうに覗き込むがオウグがその肩を掴んで止める。


 「大方、鑑定と似た機能を持ったスキルを使って俺のステータスを見たんでしょう」


 バレているとビスワスは身を竦ませる。 

 得体が知れないステータスの持ち主は彼女にとって恐怖以外の何物でもなかった。

 厄介事を嫌うビスワスは反射的に出て行けと言いたい所ではあったが、目の前の良く分からない生き物の機嫌を損ねる事を口にする事にも強い抵抗があったのだ。


 どうすればいい。 

 そんな葛藤を知ってか知らずかオウグはビスワスの傍まで近づき、その肩に手を乗せる。

 同時に心臓が鷲掴みされたかのような感覚。 これは恐怖なのか?


 そんな考えが脳裏を過ぎったが違うと即座に否定。 この感覚は錯覚ではない。

 本当に心臓を触られている。 何をされているか分からないが、今この瞬間にビスワスの命はオウグの手の上だった。 オウグはそっと口を耳に寄せる。


 「元気な心臓をしていますね」


 小声でそう囁いた。 ビスワスは口をパクパクと開閉させ、何も言えずにいた。

 その様子に上手く話を運ぼうとしていたミュリエルも思わず言葉を飲み込む。

 この空間にいる人間全てがオウグの雰囲気に呑まれていたのだ。


 「お世話になります。 構いませんね?」


 オウグの言葉にビスワスは乱れた息を吐きながら悟った。 選択肢がないと。

 

 「…………この村での滞在を許可する」


 絞り出すように彼女は自らにとって最善の答えを口にした。

 


 「――応供君? 何かしたの?」

 「見ての通りですが?」


 村長との話し合いも済み、この村での滞在許可を貰った朱里達だったが、さっきの村長の恐怖に歪んだ表情が頭から離れなかった。 応供は惚けていたが、何かをしたのは明らかだ。

 ミュリエルもやや不審といった様子で応供を見ていたが、追及しても無駄と悟ったのか小さく溜息を吐いた。 村長は村の外れにある半壊した廃屋を使っていいと許可を貰ったのだが、辛うじて屋根だけある家と呼ぶにはやや苦しい有様の建物を見て小さく肩を落とす。


 「こりゃ、修理がいるなぁ……」

 「屋根があるだけマシかと」

 「ミュリエルさんって本当に元王女? メンタル強すぎない?」

 「異教徒狩りで野宿も多かったので少し慣れているだけですよ」


 ミュリエルは苦笑して見せる。 父親が殺され、生活の全てを失った上、みすぼらしく見せる為、ついさっき長かった髪をバッサリと切ってしまった。 王族とは思えない思い切りの良さだ。

 逞しいなーと思いながらこれからどうするべきかと朱里は悩んでいるが他はとっくに結論を出していたようだ。


 「しばらくはこの廃屋を活動の拠点とします。 まずは最低限の生活ができるように家の修繕からですね。 私はこれから村の様子を見つつ、廃材などを分けてもらう予定です」

 「俺は調べたい事があるので少し村の外に出ています。 朱里さんは何かご予定が?」

 「あー、いや、ごめん、何も思いつかない」

 

 二人は方針を決めているのに自分だけ何もない事が恥ずかしかったが、二人は特に気にしている様子はなかった。


 「では、ミュリエルさんと一緒に行動していてください。 俺は少しの間、村から離れるので何かあった時に駆け付ける事が出来ません。 いざという時はミュリエルさんに守って貰ってください」


 応供がミュリエルを一瞥すると小さな頷きで応える。


 「私は構いません。 どちらにせよ家の修繕には人手が欲しいと思っていましたので」

 「では決まりですね。 夜までに戻るつもりなので、よろしくお願いします」


 そう言って応供は踵を返して村の外へと歩き出した。


 

 応供は村から出た後も少し歩いていたが、充分に距離を取った所で加速。

 向かう先は山脈だ。 世界情勢に関してはミュリエルからある程度聞き出したので、この世界がどのような状況なのかは大雑把ではあるが理解はした。 五大神の加護を受けた大国、五大国家が世界を統治する事によって世界は平和に見えるが、実際はどの国も他の四国を滅ぼしてその力を奪おうと企んでいる。 


 つまり、どこもかしこも力を蓄えているのだ。 

 早々に仕掛けないのは真っ先に動けば大義名分を得た他の四国全てを相手にしてなければならなくなる。 そうなってしまえば真っ先に脱落する事となるからだ。


 五大国の戦力はほぼ拮抗していると言っていい。 だからこその平和。

 大国の戦力バランスの上に成り立っている薄氷のような平和だが、いつまでも続く訳がない。

 理由は簡単で全ての国が自国の強化の為に裏で様々な事を行っているからだ。


 レベリングは当然として異世界人の召喚、場所によってはスキルを用いた人体実験まで行っているとかいないとか。 ミュリエルは関与していないらしく詳しくは知らなかったが、裏で碌でもない事をしているとの事。 だからこそ彼等は異教徒狩りに精を出す。


 邪神の領域は五大国家とは無関係な上、自国の神の加護を持たない邪教徒。

 つまり殺しても何の問題もない勢力なのだ。 恐ろしい事にミュリエル達、王族は彼等の事を『リソース』と呼んでいた。 つまり、五大国は少しでも多くのリソースを獲得する為に自国とは関係のない人間を虐殺し、経験値へと変えていたのだ。


 この世界で最も経験値効率の高い生き物は人間らしい。

 同レベルの魔獣を狩るよりも一回りレベルの低い人間の方が効率が良いとの事。

 応供は経験値の概念に関しては何とも言えないが、理屈自体は何となくつかみ始めていた。


 その検証さえ済めば恐らくはこの世界で生きて行く事は可能だろう。

 自分はともかく、朱里は早めに立ち位置を定めさせないと心を病んでしまう。

 今は異世界転移と目まぐるしく変わる状況に付いていくだけで精一杯だから平然としているが、半端に落ち着くと不安が強く顕在化する可能性が高かった。

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