第16話 第一村人

 パーナー村。 ヴォイバルローマ北東部に存在する小さな村で、人口は百前後。

 狩猟と農耕で生計を立てている者達の集まりだ。 オートゥイユ王国による邪教狩りから逃れ、辿り着いた世界の果てとも呼べる場所。 それ故に変化の少ない環境でもある。


 そこに住むオムという男が最初にその変化に気が付いた。

 彼の仕事は農耕で、収穫した野菜を保存する為の倉庫に持って行く途中の事だ。

 村の外――しかも山脈の方角から人がやって来たのは。


 奇妙な三人組だった。 男一人に女二人。

 先頭を歩く男はまだ少年といった年齢ではあったが、妙に視線が鋭く、歩き方が堂々としており、オムは何となくこいつはステータスが高いから自信があるんだろうなと少しだけ卑屈な事を考えた。


 その理由は二人も女を侍らせているからかもしれない。

 片方は黒髪黒瞳と地味な印象を受けるが、肌が綺麗だったのできっといい生活をしていたに違いない。

 そして残りの一人だが、外套に付いているフードを被っている所為で全体までは見えないが非常に整った顔立ちをしていた。 あまり女性に免疫のないオムは思わず見とれてしまう。


 ――きっとこの女二人はこの男のものなんだろうな。


 そう考えるとオムの心に嫉妬の炎が燃え上がる。

 結果、普段の彼ならまず取らないであろう行動を取らせたのだ。


 「おい! お前ら余所者だろ! 何の用だ!」


 やや語気を荒げて三人に詰め寄る。 男はオムを一瞥し、小さく美しい方の女を振り返った。

 それを見てオムの心は更に怒りに染まる。 この女は自分の物とアピールしているように見えたからだ。 同時に男は咄嗟に女に頼る軟弱な奴と思い込む事で更に勢いを付ける。


 「何か悪さをしに来たんじゃないだろうな!? だとしたら許さんぞ!!」


 オムは威圧的に怒鳴るが男は小さく首を傾げるだけで、地味な女はその態度に恐怖を感じたのか男の陰に隠れる。 残りの美しい女が前に出るとフードを取った。

 すると短く切り揃えられた赤い髪が露わになり、その美しさが際立つ。


 「私達は怪しいものではありません。 オートゥイユ王国から逃げ出し、命からがらここまで逃げのびて来たのです。 どうか僅かな時間でも構わないので逗留の許可を頂きたく……」


 美しい女はそう言って目を伏せる。 その姿を見てオムは大きく頷く。

 

 「わ、分かった! だが、俺一人では決められないので村長の所へ連れて行く! そこで話をしろ!」

 「感謝いたします」


 美しい女は小さく頭を下げ、それに気を良くしたオムは付いて来いと踵を返した。



 ――面倒な事になったね。


 パーナー村の村長ビスワスは唐突に現れた余所者に内心で眉を顰める。

 彼女はいつもの日常さえ送れればそれでいいと思っている考えの持ち主なので変化をあまり好まない。 その為、日常に紛れ込んで来た異分子を歓迎するなんて真似は出来なかった。


 彼女は村の発展には興味があまりなく、とにかく無事に一日を過ごせる事だけを願っている。

 それは彼女がオートゥイユ王国の異教徒狩りからの長い逃亡生活を経て今に至っているからだった。

 変化は恐ろしい、そして変化を持ってくる余所者もまた恐怖の対象となる。


 そんな考えの彼女が村長の座に収まっているのは理由があった。

 スキルだ。 彼女は個人で持つには珍しい『鑑定』を扱えるのだ。

 鑑定スキルと同等の効果を持つ魔道具は存在するが個人で扱える者は珍しく、何処の国でも重宝される。 道具を持ち歩かなくても相手のステータスを確認できるのはどのような状況でも有利に働くからだ。


 「あたしが村長のビスワスさ。 オムから話は聞いたが、オートゥイユから流れて来たって?」

 「はい、向こうで生活が出来なくなりまして……」

 「何でまた?」

 

 オートゥイユは五大神の加護を得ている国だけあって特に豊かだ。

 そんな国での生活を捨てる理由がビスワスには理解できなかった。

 代表の赤髪の女は小さく目を伏せる。 美しい女だった。 


 特徴的な赤い髪はオートゥイユ王国ではよく見られる色で、力神プーバーの影響を受けた証拠でもある。

 その為、オートゥイユから来たというのは間違いないだろう。 


 「……力神プーバー様の加護を失いました」

 「何だって?」

 

 ビスワスは咄嗟に『鑑定』を使用。 対象は目の前の女だ。

 ステータスが表示される。 名前はミュリエル。

 姓がなく、名前のみ。 非常に高いステータスからかなりいい家の出身という事は想像できる。

 

 この世界、特に五大神の影響が強い地域はレベル至上主義だ。

 レベルが高い者ほど優遇されるので、誰も彼もが血眼になってレベルを上げる。

 見た限り、年齢は十代後半から二十代前半。 その年齢でレベル50を超えているのは上流階級か王族ぐらいの物だろう。 次にスキル欄を見ると確かに加護がなくなっている。


 力神プーバーは火を司る神でもあるので火への適性はある事に驚きはしないが、肝心の加護がない。

 この世界はレベル至上主義だが、オートゥイユではそれ以前に力神プーバーの庇護下にある事。

 つまり、国民全員がプーバーの加護を受けた信徒なのだ。 それを失うという事はオートゥイユの国民である資格を失ったに等しい。 


 「……確かに加護がないね。 これじゃぁ、あそこでは生きて行けないか」

 「はい、信じていたプーバー様に見捨てられた私は縋るものを求めて長い道のりを歩いてきました。 どうかこの地を庇護する神々のご加護を賜りたく、この地に参りました。 どうか、哀れな私達にご慈悲を……」


 ――これまで散々甘い汁を吸わせて貰ってたけど、捨てられて手の平返しか。


 嫌な女だとビスワスはミュリエルに対して思った。

 

 「そっちの二人も同じかい? 見た所、オートゥイユの民には見えんが……」

 「彼等は召喚された異邦人です」


 紹介された男女は小さく会釈。

 あぁとビスワスは納得した。 五大神の加護を持つ五大国家は自国以外の人種を見下す傾向にある。

 その為、髪色の違う明らかに別人種を連れているのは酷く不自然なのだ。

 

 ――召喚されたけど自分達が何に使われるかを悟って逃げ出したって訳かい?


 異世界人が王族の経験値として利用されている事は割と広く知られている事実だったのでビスワスは特に驚く事はなかった。

 異世界人をあまり見た事がないビスワスはそのまま二人にも鑑定を使用。


 片方はコトウ・アカリ。

 ステータスの数値は平凡。 ただ、スキルが異様に多い。

 それに星運神の加護? 聞き覚えのない神格だったが、逃げ出してきた事には納得できた。

 

 召喚された者達は召喚された神の加護を得るはずなのでそれがない以上は問答無用で異教徒だ。

 つまり排除対象となるので、確実に王族の経験値となる。   

 

 ――スキルは多い。 もしかしたら狩猟か何かに使えるか?


 アカリという娘に対してそんな感想を抱きながら残りの男の鑑定結果を見ようと――

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