第6話 出逢い
パーキンソン病。
非遺伝性の運動能力に関わる完治方法も原因も究明できていない難病。
この病気を発症した私は生まれた時から思うように体が動かせなかった。
投薬や抑制運動のおかげで体全身の硬直や震え、言語障害を抑えることは出来た。
しかし、足だけは……
思うように動かせなかった。
車椅子での生活は避けようがなかった。
扉を通るとき、ちょっとした段差にも人の助けが必要となった。
けれど幸か不幸か私は裕福な家に生まれたようで介助者の三田さんが付いてくれた。
家族も介助者の三田さんも私にとても優しく、環境は非常に恵まれていた。
私は生きなければならない。
私を助けてくれるこの人たちへ少しでも恩を返すためにも。
天には愛されなかったけど感謝しながら私は生きていこう。
そう決意した。
「…?」
私は、何か喉に突っかかるものを感じるようになった。
□□□
「さあ今日もリハビリしましょう礼葉さん」
「……」
「礼葉さん?」
差し出された手を見たまま私の体は突然動かなくなった。
外に一人で出歩けないのも、こうして差し伸べてもらわなきゃ生きていけない人生もそういうものだと受け入れていた。
誰かに助けてもらわないと生きていけない。
仕方がないことだ。
そう理解していたはずだ。
そういうものだと受け入れたはずだ。
それは唐突だった。
「もう嫌……」
いつからだろう。
自由に動き回れる人のことを見ると嫉妬するようになっていたのは。
□□□
それからというもの潜在的に隠れていた劣等感が顔を見せ始めた。
何をするにも人の助けが必要。
到底一人では生きてはいけない事実を改めて認識し自分の存在が酷く惨めに見えた。
妬みや嫉み。
どこにもぶつけることは許されなかった。
私に優しかった世界に仇で返すような感情を発露することはあってはならなかったのだ。
結果抑え込んでいた醜い自分の感情が濁流のごとく押し寄せた。
どうして私がこんな辛い目に合わなければいけないのか。
家族は全員自分の足で学校だって、どこへだって行けるというのに。
……足だけじゃない。
他の体──手も脳も口も病が悪化して支障が来たないように日々のリハビリや投薬をし続けなきゃいけない。
かろうじて自分を保てているがいつ気がおかしくなるかも分からない。
これが人間と呼べるのだろうか?
「……」
私はそれきり部屋に閉じこもるようになった。
□□□
ぼんやりとした意識の中、扉をノックする音が聞こえた。
「…何?」
兄だろうか。
また今日も私を元気づけるために面白い話でも持ってきたのだろうか。
顔が引き攣った。
そんな優しい兄でさえ自分は恨めしく思っている。
より自分の醜さを認識させられるという理由で。
なんて最低なのだろうか私は。
「入るよ」
兄の声だ。
ガチャリと扉が開いた。
返事をする気力もなかった。
ゆっくりと目だけ扉の方へ向ける。
「やあ、君が礼葉ちゃんだね」
「───」
白の混じった黒髪。
精悍な顔つき。
野性味溢れる体つきからは思えぬほど慈愛の瞳をしているその人は現れた。
「あ……」
頭の中を電流のように何かが駆け巡った。
思わず体が起き上がった。
「あのっ……」
喉に詰まったように言葉が出てこなかった。
こんなときに病による障害だろうか。
私は必死に言葉を絞り出す。
喉の奥にある言葉を吐かなければいけない。
この人に聞いてもらわければいけない。
本能的に。
直感的に。
私は私という何かが変えられる気がしたのだ。
「私を、あなたの妹にしてくれませんか……?」
彼の瞳孔は揺れていた。
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