第4話 足りないもの

「そんな怖い人だったんだ。武蔵さん」


「まあ、それから三年後に俺が師匠から一本取ったら大人しくなったよ」



莎奈さんと休憩しながら雑談していた。



「あれ、お父さんの名前が六蔵さんだったよね。宮原さんは武蔵さんから名前を付けられたの?」


「鋭い。人とは名前の通りの人間になるという説があるから強さに貪欲な師匠は自分の名前の一部を息子だけでなく孫にも入れたかったんだろうね」


「あー、何となくわかった。たぶんまだそのときの六蔵さんも優生思想強かったから同意しちゃったんだろうな」



不思議だ。

身の上話なんて誰にも打ち明けたことがなかったのに。

莎奈さんと出会ってからもう二ヶ月が経つ。

これが気を許せる相手となった証明か。



「ごめんガッカリさせた?」


「え、なんで?」


「俺はさ、別に強くないんだよ。一人で生きていける強さをと言ったがただ寂しさを紛らわすための言い訳で崇高なものなんて何も持っていないわけだから」


「…ふふ」


「なぜ笑う」


「いや変なこと聞くなあと思って。まあそう言ってるうちはモテないだろうね十蔵くんは」


「莎奈さんも言うようになったよまったく」


「ま、厳しい鍛錬の賜物かな。体と心は相関関係にあるとよく言うし…けど」



顔に陰を差し込む。



「時折不安になるんだ。また絶望するようなことがあったら弱い自分に逆戻りするんじゃないかって」


「師匠みたいに一人で生きていける人なんて少ない。必要とあらば誰かに寄りかかって生きていく人生もありだと思うぞ」


「そんな寄りかかれる相手なんて早々いないよ…」


「そりゃそうだな。人には人の都合があるから自分の全てを受け止めてくれる相手はそれこそ一生に一人いるかいないかだ」


「…ところで、君はそういう相手見つかってるの?」


「いない。探す探さない以前に俺の強くなる理由が一人で生きていける強さだからな」


「それって具体的にゴールどこなの?」


「それは…」



考えたこともなかった。

人は人に寄りかかって生きていくものだと俺は言ったが、一人で生きていける強さとは祖父のような在り方ということになる。

無意識下のうちに俺は祖父を目標にしていたのか。

実際いずれ打ち倒し超えたい相手とは思っていたが。



「十蔵くんも私と同じなんだね」


「全くそうみたいだ。先輩なのに不甲斐ない…」



□□□



鍛錬が終わり帰ろうとしていたところに祖父の声がかかる。



「十蔵お前に言っておくことがある」


「なんだよ」


「お前には野心が足りないと常々言ってきた。その意味をちゃんと理解しているか」


「…強くなるための動機が足りないということか?」


「違う。欲がないってことだお前には」


「欲…」


「お前がしたいこと。それは必ず強さに繋がる。七つの大罪を全て犯すくらいの欲を持て」


「七つの大罪って何さ」


「勉強をしろ! うつけが」


「その口の悪さ何とかならないのか。莎奈さんへの教育にも悪い」


「唯我独尊は強者の特権だ。文句があるならオレを倒してから吐け」



相変わらず古い格式の人間だ。

だが祖父との付き合い方も慣れてきたものでこれ以上の反論はしなかった。



□□□



放課後、図書館へ寄った。

スマホで調べれば済むことだが修理以降不覚を取った俺への罰として祖父に現在没収されている。

また同じような場面に出くわした時、どうすればいいのかと聞いたら猿真似のように一つの策に頼りきりになるなと叱責を受けてしまった。



「(七つの大罪とは人間を罪に導く可能性があるとして見放された欲望や感情のこと)」



虚栄、嫉妬、倦怠、憤怒、強欲、暴食、淫蕩。

イマイチピンと来ない。

罪とは悪だ。

悪しき心が強さに繋がるというのか。


七つの美徳というのもあるらしい。

謙虚、感謝・人徳、勤勉、忍耐、慈善・寛容、節制、純潔。

こっちの方が余程強い心の有り様な気がする。


わからん。

いや…そういえば祖父は母の虚栄を弱者と吐き捨てていた。

祖父の場合は倦怠が睡眠、淫蕩は繁殖。

人間として必須ではあるが過剰に摂取してない気がする。



「(要は使い方ということか)」



強さに繋がる欲をその時々で引き出し弱さは制約と誓約で封じる。

まだ明瞭な答えは得られていないが取っ掛りは掴めた。



「とりあえず感情を意識しながら生活するか」


「わっ」



驚かせてしまったようだ。

転びそうになったところを手に取った。



「すまん、足捻ったりしていないか?」


「だ、大丈夫。ありがとう」


「なら良かった。ん? 俺と同じ制服、富士高山高校の人か」


「あ、うん。えっと、宮原くんだよね?」


「どうして俺の名前を」


「いや、有名だから色々と…」



言い淀む様子からして十中八九悪名がほとんどなのだろう。



「宮原くんもこういうところ来たりするんだね」


「今日はたまたまだよ。普段は来ない」


「やっぱりみんな電子だよね」


「君は違うんだな」


「僕は好きなんだ。不便で古い媒体だけど本がさ」


「…不便なのになぜ?」


「こだわりというやつかな」



俺の知らない感覚だ。

彼は必要性が失われつつある過去のものに価値を見出している。

制約でも誓約でもなくそこに意味は無い。



「君の名前教えてもらっていい?」


「僕は春野月世」


「春野くんよければもっと話をさせてくれないか」


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