第2話 宮原十蔵1
俺の名前は宮原十蔵。
今時の若者に付ける名前ではないだろう名前を貰った。
家の傍に道場があり幼い頃から祖父に武道を教えられた。
やりたくなかった。
痛くて辛いばかりで、何のために修行しているのかもわからない。
祖父も親も教えてくれない。
痣だらけで家に帰っても頑張ったねと両親は褒めてくれるが決して道場を辞めさせてはくれなかった。
周りの子が遊んでいる中俺はそのように過ごし生まれてしまった環境が悪いのだと言い聞かせて生きてきた。
児童相談所に駆け込むとかそういう考えは俺の狭い世界では発想として出てこなかった。
学校でも俺は浮いていたからだ。
仏頂面で誰とも放課後遊ばないし怪我ばっか作って、不良だと思われたのだろう。
煙たがれているのは肌に感じた。
働ける歳になったらとっとと安いアパートを借りて家を出ようと俺は心に決めた。
□□□
ある日転機が訪れた。
母親が夜中俺を起こしてきた。
「十蔵こんな家二人で出よう。もう見ていられないわ」
いつも気丈に見えた母親が初めて泣いているところを目にした。
「でも、どこに?」
「どこでもいいわよ。適当に、そう、お母さんの実家に行きましょう」
「……」
「どうしたの?」
何となく子供ながらに思った。
このまま俺は母親に言われるがまま家を出たらきっと逃げられる。
しかし近い未来両親は離婚をすることになる。
そんな予感があった。
それは本当に正しいことなのか。
歪な環境はあれど父と母は仲のいい夫婦。
母はきっと後悔する。
父を失った寂しさに苛まれ続けて生きていかなきゃならないことに。
そもそもこの問題は俺が我慢しさえすれば済む話なのだ。
「母さん俺は行かないよ」
「え…なんで? 十蔵いつも痛い痛いって、お風呂も嫌がるくらい毎日のように泣いているじゃない」
「いいよ別に。それに俺はもう救われたから」
誰にも理解されていないと思っていた。
俺の痛みも苦しみも。
しかし母親にちゃんと理解して貰えていた。
俺が抱え込んでいた境遇の悩みを共有している人がいた。
その事実に確かに心が軽くなったのだ。
「……十蔵あなた、本当に。わかったわ。ならもう全部話します」
母はそうして俺が道場で修行させられている理由を話した。
□□□
「人柱、俺が」
祖父は根っからの優生主義者だと聞かされた。
強い人間にのみ価値を見出し、父と母はその影響で政略結婚させられていたそうだ。
仲睦まじい夫婦だったのもあるし今の時勢からも恋愛結婚とばかり思っていた。
「だから強い遺伝子の家系である俺が」
「そう。酷い宿命を背負わせてしまったと思ってる」
父は祖父の愛弟子、母は合気道の全国優勝者らしい。
トロフィーも賞状も飾っていなかったから今まで全く知らなかった。
飾っていなかったのは俺に対する後ろめたさからなのだろうか。
「…いや、父さんと母さんは何も悪くないよ」
敵がはっきりした。
元凶は祖父だ。
母も父も俺の味方で被害者だった。
そうわかると煮えたぎるような怒りが込み上がった。
許されないことだ。
自分の欲を押し付け他人の人生を物みたいに扱うことなど誰にも許されない。
俺はそうして決意した。
祖父を倒しこの因縁を断ち切ると。
…しかし引っかかることがあった。
その違和感が何なのかこのときの俺には理解できなかった。
いや信じたくなかったのかもしれない。
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