木谷

君はこの地のことを考えていた。一九四五年八月六日の広島だった。君は市の中心部から放射状に放たれた光線、熱線、放射線を脳内で平面図に起こした。そこはどんな昼よりも眩い昼であるはずだった。そして彼らがその昼を認めるか認めないかの刹那の前後関係で彼らは影に変質した。君の頭の中には不可抗力的にイデア論が思い起こされた。人の、存在としての次元をひとつ下げることを強制される瞬間。彼らはその瞬間から今この瞬間まで広島の土地にイデア的な影を落とし続けてきた。その日からの彼らの世界の全てがそれだった。広島にはそんな人間が無数に存在しているのだ。階段に座りながら、なにやら物思いに耽るイデア。全身に汗をかきながら戦艦を造るイデア。木の枝を小さな手で掴み、地面に何か記そうとするイデア。無数のイデアたちの営みが、それまで通り、ただし未来永劫誰にも認められないことを保証されながら続いて行った。その想像を論理のレールに載せると、それは同時にあの一発の原子爆弾こそが世界の真実の領域であって、高次であって、太陽、あるいは篝火であることを意味していた。初めから自分たちが洞窟の中にしかいなかったのだと知る気持ちは如何だろうか。生命の営みが、それら全てを誤差に帰す破壊的な営みによって消し去られる気持ちを君は推し量ることができない。君は静かに立ち上がると改札口を探すことにした。この広島の地に彼らの影はまだ死んでいないのだ。

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木谷 @xenon_xenon

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