十三 マーゴット

 

 午後、セルジュの部屋を訪れて驚いた。

 昨日は無かった、鮮やかな色彩の花がこんもり生けられた花瓶が、部屋のあちこちに飾ってある。無造作に思いつきで合わせたようでいて、見ていると妙に元気が出るようなアレンジ。


「セルジュ様、これ……お父様ですわね?」


 恐る恐る訊ねてみる。


「ええ。朝から街の花屋まで出かけてくれたそうです。この城は白い花ばかりだから、死人のようで良くないと言われましたよ」


「まあ……お父様ったら……」


 いかにもゲオルグがやりそうなことだ。もっと鮮やかな花を飾れと力説する彼の姿が目に浮かぶ。マーゴットは可笑しいやら申し訳ないやらで、部屋を見回し、すまなさそうに肩をすくめた。


「勝手なことを。ごめんなさい」


「そんなことはありません」


 昨日と同じようにベッドに上半身を起こしたセルジュは、穏やかな声で否定して、傍らに置かれたオレンジピンクの薔薇に指先でそっと触れる。


「彼のような友人は少ないから、嬉しい」


 社交界嫌いで通っているから、もっと気難しい人物だと思っていたけれど、案外そうでもないのだろうか。どちらにしろ、怒っていないならありがたい。ゲオルグがここまでするなんて、本当に彼のことを心配しているのだろうから。


「今日はお顔の色が少し良くていらっしゃるわ」


「花のおかげでしょう」


「あら、ふふふ」


 マーゴットの笑顔に、セルジュは眩しげに目を細める。


「……今まで、写真のあなたを見ていると、どうしても亡き人を重ねてしまいましたが、実際の姫はそうではないのですね」


「あら、珍しいわ。皆様、わたくしとお母様は瓜二つだと仰るのに」


「もちろん、お顔はよく似ておいでですよ」


 アヴァロンに戻ってから、大勢と言葉を交わしたが、母に似ていると言わない者はほぼいなかったと思う。この顔が、声が、見る者に何を思い出させるのかは、知りすぎるほど知っている。そのことについて、何か思うわけではないけれど――


「わたくし……もうすぐ、お母様の年を、追い越してしまいますのよ」


「どうしてそんなお顔をなさる?」


「え? あっ……ごめんなさい……」


 悲しい顔をしているつもりはなかったが、表に出てしまっていたようだ。マーゴットは慌てて下を向いた。

 母の時間の短さを思うのは辛い。それはすなわち、自分の存在がいかに罪深く、呪われたものであるかを確認することと同義であるからだ。


「謝る必要はない」


 セルジュは繰り返す。


「あなたは、謝らなくていい。

 アーシュラの人生は、きっと、完璧だったのですから」


 顔を上げると、彼は痩せた背筋を伸ばし、マーゴットを見つめていた。その目に浮かぶのは喜びでも、悲しみでもない。


 穏やかな死に包まれて――彼もまた、今ここに、を見いだしているというのだろうか。


「セルジュ様……」


 午後の日差しが、広い寝台に窓の影を深く落とす。マーゴットのつま先まで伸びた格子模様は、まるでそこに境界線が引かれているようだ。


 分かるとも、分からないともいえない。

 ただ、とても遠く思えた。

 立ち尽くしたまま言葉の出ないマーゴットに、セルジュはやはり優しく、穏やかに言った。


「ロディスを頼みます」


 真新しい花たちの甘い香りが、濃い影の区切りを超えて漂い、満たしていた。

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