十二 ゲオルグ
時差は十時間、直轄区は現在二十二時を過ぎたところ。
――全部、独断でやったことだった。
『大公殿下?
……あれ、レーゼクネにおいでで?』
僅かに歪んだホロウィンドウの向こうで、ロディスが怪訝そうにこちらを覗き込んでいた。背景に写った景色で、ゲオルグのいる場所が分かったようだった。
「夜分に申し訳ない」
『いいえ、お気になさらず。急ぎのご用ですか?』
若者というのは会う度に顔つきが変わるものだ。元々年齢より大人びた彼だったが、エウロ評議員に任命されてから、ますます老成したような感じがする。
セルジュが息子を心配しないのも分かるかもしれないなと、思いつつゲオルグは前置きなしに切り出した。
「今から評議員特例移動申請を出して、こちらに戻ってほしい」
ゲオルグが言った言葉の意味を、一瞬のみ込めなかったらしい、ロディスはきょとんとして首をひねり、その後遅れて驚いた様子でぱっと時計を見た。
「……今からですか!?」
「ああ」
評議員には航空機を移動に使える特権がある。船では日数のかかる旅路も、空を渡ってしまえばたったの半日だ。セルジュの命があとどれくらい持つものなのかは分からないが、別れの時を供に過ごすだけの暇はあるだろう。
「エウロで何か……」
青ざめた顔で真っ先にこちらの情勢を心配する。全く仕事中毒である。
「違うよ、君自身のことだ」
「何を仰っているんですか。僕のって……」
「戻ればわかる」
こんな言い方で彼が納得するはずないことは明白だが、電話口で、家族でもない自分が話すような内容ではない。
「移動特権なんて、軽々に使うべきものじゃないですし、僕が留守にすれば、秘書官達の負担が増えますので、まずはスケジュールの調整を」
「のんびりしている場合ではないんだ」
「意味が分かりません。だいたい、大公殿下がどうして――」
「今すぐにだ、ロディス」
あからさまに不快そうな表情になっていく青年の言葉を遮って、ゲオルグは言った。
「今戻らなければ、一生後悔することになる」
アヴァロン大公という立場上、こうして押し通せば命令になる。ロディスは折れざるをえないし、セルジュには恨まれるかもしれない。随分非常識なことをしていると理解はしている。
だけど、譲れなかった。この先を生きていかなければならぬ者の時は長い。
彼が遠い地球の裏側で仕事をしている時に、セルジュの闘病の終わりを知らされたら。この先、父に会いたくなる度に、不毛な後悔で自分を責める羽目になるのだ。
「……仕事のことは部下達に任せて、今はとにかく戻ってくるんだ……頼むから」
事情を説明してくださいとロディスはなおも食い下がったが、その後もゲオルグはとにかく戻れとだけ繰り返したのだった。
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