十 ゲオルグ
朝一番に街に出て、特大の花束を作らせて、セルジュの元に抱えていった。
「ゲオルグ? その花……」
色とりどりの花を抱えたゲオルグを、セルジュは呆気にとられた様子で迎え入れる。
「ここの家令は全く君の言うなりだから、僕が花を活け替えることにしたんだよ」
言いながら、ずかずかと大股に部屋を行ったり来たりして、そこここに置かれたまましおれた花を片付けはじめる。
「病人には花と決まっているが、この城は白い花ばかりなのが気に入らない。そんなのはあなたが死んだらいやというほど飾ってやるから、今日のところはこういう明るい花を眺めるべきだ」
随分勝手なことを言い放つ客人に、セルジュは思わず吹き出した。
「ラッセルから何か聞いたんだな」
「しおれた花をそのままにしておいてくれだなんて、どうかしてる」
「私の勝手だろう」
「僕は見舞いに来たことがあるからな、覚えているぞ。リュシエンヌさんの病床は殆ど花畑のようだった」
「それは……」
言い返せなくなったセルジュは、ゲオルグが不機嫌顔のままテキパキと部屋を花だらけにしていくのを、少し可笑しげに見つめた。
「死病といえば客は皆大人しくなるのに、あなたはやっぱり面白いな」
「何が?」
「昔と変わらない。お節介なのに憎めない」
「僕のこと、そんな風に思っていたのか?」
「ああ。恩人だと思っている」
意外な言葉と面食らったが、すぐにセルジュが弟のことを言っているのだと気が付いた。
あれは、お互いの伴侶がまだ健在だった頃、もう随分と昔のことだ。別れてから一度も会えずにいたエリンとセルジュを、半ば強引に引き合わせたことがあった。
「エリンのことだったら、アーシュラが言い出したことだよ」
「彼女からは、あなたの影響だったと聞いたが?」
「本当に?」
「ああ。あなたに出会わなければ、おのが剣を肉親に会わせてみようなんて、思いつきはしなかったと」
「アーシュラが、そんなこと……」
鮮やかな桃色の花を束ねながら、あの頃を思い出してみる。
若く、幸せだった日々の記憶は、鮮やかに思い出せると同時に、夢の中での出来事のように不確かにも感じられた。
かつては、思い出すだけで胸が引き裂かれるように痛んだ、在りし日の想い人。ただ一度の運命の恋が、今は無残にも、甘い思い出の水底に沈んでいる。
「僕は……あなたが羨ましいよ」
言うつもりのなかった台詞が口をついて出た。セルジュは何か察したようだったが、冗談めかしてそれに応える。
「大公殿下にも自殺願望があったとは」
「まあね、だけど、僕はろくな死に方は出来ないかな」
「ほう、よほど悪いことをしてきたと」
「ああ」
「告解ならば聞いてやれるが」
ゲオルグは返事をせず、しばらく黙って花瓶の世話をしていたが、やがて手が止まる。
「…………」
言ってしまいたい。
裁かれるべき罪があると。
だが。
「……ありがとう。だけど、僕は弱い人間だから」
救われるべきは彼女で、自分ではないのだ。
セルジュはそれ以上何も言わず、窓の外へ目をやった。昨晩は月が輝いていたそこには今、白々しいほどに澄み渡った青空。
「何も心配はいらない。あなたにもいずれ分かる」
「死期が来たら?」
「死は平等だからな」
言って、セルジュは少し笑った。
勝手に持ち込まれた大量の花は無事すべて飾り付けられ、色とりどりの香りが部屋を満たす。
最後に作った、ひときわ大きなダリアの花瓶を窓際に置いて、ゲオルグは意を決したようにセルジュに向き直った。
「カスタニエ卿、頼みたいことがある。あなたと、私にとって……大切な話だ」
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