九 マーゴット
濃い青空に、綿のような雲がぷかりと浮かんでいた。とても天気のいい、のどかな日だ。
城を出て、城壁沿いにしばらく歩き、そこから細い脇道に入って、なだらかな丘を上った。
日傘を上げると、エリンの高い肩が目に入る。彼はずっと、何やらメモのようなものを覗き込んでいるようだ。どこへ向かっているのか、先に聞いておけばよかったわと、マーゴットは少し思った。
外出したいので同行してほしいと、エリンから言われたときは驚いた。彼が個人的な頼み事をしてくるなんて、とても珍しいことだからだ。
驚くと同時に嬉しくも感じ、二つ返事で承諾した。そして、エリンについて城を出て、こうして二人で歩いている。
このあたりの冬は厳しいと聞く。広々とした土地は草ばかりで痩せていて、所々に浅い林が見えた。街から離れた場所であるせいか、自分とエリン以外の人影は見当たらない。
長く離れた彼の故郷。無人の風景はまるで彼自身のようで、少し寂しく思えた。
やがて、小道が浅い林を抜けたところで、エリンが唐突に立ち止まる。
「エリン?」
「……たぶん、ここです」
ポツリと、呟くように言った。
この場所が何なのか、訊ねる必要はなかった。
小さな庭と、墓所があった。見晴らしの良い丘の上で、振り返ると、ちょうどカスタニエ家の城が見下ろせる。
「父の墓です」
「……エリンの、お父様」
木漏れ日の落ちる墓石に刻まれた名は、フリートヘルム・カスタニエ。マーゴットの祖父エーベルハルトの兄にあたる人物だ。
親戚縁者のことについては、クヴェンから詳しく教えられたが、フリートヘルムのことは、随分以前に亡くなったということくらいしか聞かされていなかった。
「どんな方だったのかしら」
「……父のことはあまり記憶になく、殆ど知らないのです」
「そう……そうよね」
悪いことを聞いてしまったかと、ばつの悪い気持ちになったが、エリンは特に気にする様子もなく立ち上がる。
そよ風が吹いて、サワサワと草木が揺れた。
「ですが、ルツィアのことは覚えています。随分世話になった」
「どなた?」
「乳母です。ここに葬られたと、兄に聞きました」
当主の墓の脇に、小さな墓石がもう一つ。その前に膝をついて、エリンは少し笑ったように見えた。
「姫は、ヤナを覚えていますか?」
「ヤナ? ……もちろんじゃない。ばあやは今も毎年クリスマスに便りをくれるわ」
ヤナはマーゴットの養育係として、岬の屋敷へ同行した使用人だ。
「ルツィアは、ヤナの姉です」
「えっ……」
意外な話に、マーゴットは目を丸くする。
「元は、姉妹でアヴァロンに仕えていたそうです。父が分家する際、ルツィアも付いていったと聞いています」
「まあ……」
「優しい人でした。私のことを、ずっと気にかけていてくれたと」
エリンがカスタニエ家を出されたのは、わずか三歳の頃だったという。だとすれば、乳母の心中は察するにあまりある。
「きっと、随分心配なさったわね」
「……迷惑をかけたと思います」
ちぎれ雲が太陽を隠し、さあっと影が走った墓所に、しかしすぐに光が戻る。振り返ると、来るとき荒れ地に見えた草原が、陽光を受けて輝いていた。
悲しみも、寂しさも、決して表に出すことの無いエリンが、ここに一人で来るのではなくて、自分と一緒に来てくれて良かったと、マーゴットは思った。
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