五 ゲオルグ
セルジュとの面会中、言いたいことが喉元まで出てきてしまい、息を止めて我慢をしていた。
そのまま部屋を辞し、客間へ案内されていくマーゴットの背が、廊下の角を曲がって見えなくなるまで見送ってから、ようやく、ゲオルグは口を開いた。
「……ロディス・カスタニエは、なぜいない」
側にいたカスタニエ家の家令、ラッセル・ギースは、ギクリと肩をこわばらせて、息をのむ。
「それは……」
口ごもるラッセルを横目に、ゲオルグは不満そうに目を細め、誰もいない廊下を見やって息を吐く。
「マーゴット(あのこ)を連れてきたのに、顔も見せないということは、戻っていないということなんだろう?」
ここに来れば、ロディスはいるものだと思い込んでいた。当然だ。彼はセルジュの唯一の家族なのだから。
十九で秘書官として直轄区に派遣されてから、ロディスは一年の殆どをこの城ではなくネオポリスで過ごしている。二年前に自治区評議員に任命してからは、連邦政府での仕事も増えて、ますます忙しくしているであろう。それは承知している。けれど。
「そんなに忙しいなら、私に言ってくれれば――」
「ち、違うのです! 大公殿下……坊ちゃまは……!」
一瞬声を荒げ、壁の向こうのセルジュに気付かれると思ったのであろう、ラッセルはハッと口をつぐみ、おもむろにゲオルグの背を押して踊り場まで足早に進むと、呻くように声をひそめて続けた。
「旦那様が、何もお知らせになっていないのです……」
「な……」
すぐには二の句が継げなかった。驚きと同時に憤りの感情が湧き上がる。アヴァロンには連絡をよこしたのに、なぜロディスに黙っている。跡継ぎ息子だぞ、そちらの方が大事ではないか。
何か言わねばと思い、けれど白髪交じりの頭を抱える家令を見て、彼もまた自分と同じ気持ちであることを悟る。すべてはセルジュの意向である。彼に怒っても仕方がないのだ。
「一体、どうしてそんなことに……」
「坊ちゃまのお仕事の邪魔をしたくないと仰って……」
「本当に何も知らせていないのか?」
「お加減が良くないことはお伝えしています。ですが、こんなに重いとは……」
「知らない、と」
「はい……」
何ということだ。
セルジュ・カスタニエは自ら死を選ぶだけでなく、息子に別れを告げさせないつもりなのか?
「そんな……ことは、おかしい。だろう?」
「大公殿下……」
「それでいいのか? いや……いやいや、よくないだろう!?」
怒らないつもりが、つい声が大きくなってしまう。
こんな事態は予想していなかった。ここに来たら、ロディスとちゃんと話をして、なんとか治療を受けさせる道を探そうと思っていたのだ。
「そうなのです。そうなのですが……」
家令は苦しげに首を振る。
そして、消え入りそうな言葉を落とした。
「坊ちゃまが戻られて、もし、旦那様をお引き留めになったら……そうしたら……旦那様は、ご自分の決意を貫き通せなくなると、お考えなのではないかと……」
そんな決意は、突き通さなくていいだろう。
言いかけて、言葉を飲み込む。これもやっぱり、今ここで言っても仕方のないことだ。
ゲオルグはしばらく思案し、それから、形だけ分かった風の返事をして、案内に従って客間へ向かうことにした。
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