第14話 初詣
大晦日はお父さんと二人で過ごした。
年が明けたとしても、その実感はほとんど湧かない。まあでも、そんなものだと思う。
そもそも、クリスマスから年末までイベントを詰め込みすぎなのだ。
ラストスパート感が強すぎて、年が終わりゆくことを意識する暇もない。
もっとゆっくりと明けて行ってくれたなら、もっと実感できたかもしれないのに。
そうはいっても、元旦というめでたい日に何もしないでいるわけにはいかないので、私は例によって朱里の家に行った。
まったく、それ以外の選択肢がないのかとも思って自分に呆れるけれど、事実ないのだから仕方ない。
他の友達と遊ぶという選択肢もあるけれど、まあ、朱里のところに行くか、と思った。
「あけましておめでとう、朱里」
「こちらこそ、あけましておめでとう、アキ」
開口一番言って、朱里も私に返した。
ただ日付が変わって除夜の鐘が鳴るよりも、こうして年明けの言葉を交わす方がよっぽど年が明けたことを感じる。
私たちはどちらからともなく、少し歩いた先にある小さな神社へ初詣に行った。
その神社は住宅街から少し離れた場所にある。境内には誰が作ったのか知らないが、大きな雪だるまがいた。
雪はクリスマスから断続的に降り続いていて、大晦日、元旦に至っても、地面から雪が消えることはなかった。
賽銭箱に小銭を入れる。
二礼二拍手一礼。
鈴緒を掴んで、音を鳴らす。
今年からは中学生だから、張り切って五十円玉を入れた。
こういう時に何かお願い事をした方がいいのか、しない方がいいのか。
以前読んだ本には、日ごろの感謝を伝えてもいいと書いてあった。
私は少し考えて、敢えて神様には何も言わないようにした。
ただ代わりに、隣にいる朱里に今年も仲良くしようね、と心の中で言った。
目を瞑って、数秒顔を伏せる。
隣の朱里を見ると、神妙な面持ちでうつむいている。
「何かお願い事したの?」
「まあね」
「教えてよ」
「秘密。アキが教えてくれたらいいよ」
「えー。私何もお願いしてないもん」
「嘘ばっかり」
「ほんとだよ」
境内を下りると、雲間から薄い光がのぞいた。
「あったかい」
「雪が解けちゃうよ」
私は、足元の雪をぐっと踏みしめながら言った。
帰り道は行きよりも短く感じる。
空にちりちりと舞う雪が光を反射して、なんだかめでたいような気持ちになった。
いつも遊ぶ公園の前を通りかかる。
実里ちゃんくらいの子たちがはしゃいでいる声が聞こえた。
「私たちも混ざる?」
「いい。寒いからもう帰りたい」
「それもそうだね」
日がのぞいたのは一瞬で、太陽は気づけばまた雲に隠れていた。
不意に風が吹いた。
朱里は首許のマフラーに顎をうずめて、震えた息を一つ漏らした。
「急ごうか」
その後の冬休みは、みんなでおせちを食べたりテレビを見たり、他愛もないおしゃべりをしたりして過ごした。
毎日朱里の家に通っていたわけではないけれど、そうやって過ごしているうちに、冬休みは一瞬で過ぎていった。
お父さんとは、お母さんのお墓参りに行った。
お母さんが眠っている霊園は、私が住んでいるところよりも田舎にある。
だから降雪のあった日から数日たっても、道の端とかにはまだ雪が残っていた。
母の墓石もうっすらと雪をかぶっていて、お母さんが寒くならないようにと、お父さんと二人でそれを払って花を替え、線香をあげた。
ここに来るたびに、お母さんの前で手を合わせて目を瞑るけれど、未だに何を思えばいいのかわからない。
神様を前にする時とはさすがに違うだろうし、何を思えばいいの? なんてお父さんにもなんだか聞きづらかった。
もしかしたら私は薄情なのかもしれないな、とこういう時に思う。
学校で買っていたウサギが死んじゃった時、クラスの友達たちは大体泣いていたのに、私はうまく泣けなかったし。
結局私は毎回、現状報告をするようにしている。
いつも見ていてくれているのは知ってるけれど、私がどういう気持ちでそれに向き合っているかはわからないだろうから、そういうことを中心に。
お母さん、最近はほとんど朱里と一緒にいます。もうすぐ中学生になります。それは楽しみだけど、同時に少し不安でもあります。
なんやかんやあっても、今みたいな日々がずっと続けばいいなと思います。
お墓参りは、この前私がお父さんに言ったドライブを兼ねていた。
私はお父さんの運転する車の助手席に乗って、お父さんとおしゃべりをしながら、高速道路に乗るときはお父さんに小銭を渡したりした。
私は、助手席に座るのが好きだ。
なんだか少し大人になったような気がするし、お父さんとこうして長く話をするのは、車の中くらいでしかできない。
だけどお父さんは、三が日が終わるとまた仕事が忙しくなると言っていた。
「アキにはまた迷惑かけると思う、すまんな」
「いいよ全然、頑張ってね」
冬休みの宿題は空いた時間にしたり、朱里の家に持って行って一緒にしたりしていたら終わっていた。そもそも大した量ではなかったのだ。
一方の朱里は年明け前にほとんど手をつけていなかったようで、そのつけがまわってきて泣いていた。
かわいそうだったから、私はそれをこっそり手伝ってあげた。
できるだけ先生にばれないように筆跡を替えてはいるんだけれど、正直ばれているような気がする。
今まで何も言われていないから、黙認されているのかもしれない。
それはそれで、どういう了見だって話だけれど。
私が朱里の勉強の面倒を見ているのを先生たちは知っているから、そのおかげかもしれないな。
冬休みは短い。
クリスマスと年末年始があるならしょうがないから休みにするかって感じで、とってつけたようなものだと感じる。
長期休みにこれと言ってすることもない私にとっては、まあそれでもいっかな、とはなるんだけど。
そんなふうにして冬休みは明けていった。
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