第15話 喧嘩したかったわけじゃないんだ
冬休みが明けてから、朱里と放課後に遊ぶ頻度は格段に上がった。
以前までは遊ぶ回数はせいぜい週に数回程度だった。
それが今ではほぼ毎日のように放課後に遊んでいる。
理由は、特にないと思う。
毎日一緒に下校しているから、成り行きでそのまま遊んだり、朱里の家に行ったする、それだけだ。
朱里は当たり前のように私の隣にいるし、私に拒む理由もないから自然とそうなる。
だけど、そのことによってほかの友達と遊ぶことがなくなった。
それ自体私はどうとも思っていないけれど、クラスの友達からはたまにそのことに言及される。
今日もそうだった。
クラスメイトの麻衣ちゃんが、私に話しかけてきた。
彼女とはたまにクラスの友達五、六人ほどで一緒に遊ぶような関係で、学校ではそれなりに仲がいい。
移動教室なんかは、一緒に行ったりするくらいだ。
「アキちゃん、放課後遊ぼ」
「ごめん、たぶん今日朱里と遊ぶと思うから」
「えー」麻衣ちゃんは不満そうに口をすぼめる。「最近全然遊べないじゃん」
「ごめんね」
「そうだ、朱里ちゃんも一緒に遊べばいいじゃん」
いいこと考えた、というように麻衣ちゃんは言う。
「んー、どうかな。聞いてみるよ。まだ人見知りするからさ、あいつ」
「わかった。絶対だからね。絶対」
「うん、ありがと」
「いいよ。みんなアキちゃんと遊びたがってるから。もちろん私もね」
麻衣ちゃんはそう言って笑って踵を返して、クラスの喧騒の中に消えていった。
時折誘ってくれるのは嬉しいし、私としても遊びたくないわけじゃない。
単に優先順位の問題だ。
そういうことがあったけれど、結局今私は、いつもの公園のブランコに座ってぼんやりと朱里と話している。
つまりはそういうことだ。
結局私は朱里と二人だけで遊ぶことを選んだ。
今頃、麻衣ちゃんたちはどこかで遊んでいるのだろう。
「大丈夫、私の方がアキと遊びたがってるから」
私は朱里にその話をすると、朱里はそう言って小さく笑った。
「朱里も誘われてたんだよ」
「それはアキと遊ぶために言っただけでしょ」
朱里から想定外の言葉が飛んできて、私は少し狼狽える。
「そんなことは、ないと思うけど」
実際朱里は、私とあの約束をしてから、クラスの友達と少しずつ仲良くなってきているように見える。
意識して話そうとしているのはわかるし、愛想よくしようと努めているのは見て取れる。
だけど、朱里は私の言葉には何も言わなかった。
日は傾いて、冷たい空気越しに沈みゆく太陽のあたたかさを頬に感じた。
雪は年末年始に積もるほど降って、だけど結局それっきりだった。
後一回くらいは降ってくれてもいいのに、と思う。
私と朱里が作った小さな雪だるまは、誰に知られるともなく消えて行ってしまった。
彼らが座っていた滑り台を見つめていると、朱里が突然呟いた。
「まあでも、私とばっかり遊ぶのも、よくないかもね」
「え?」私の口からは、思わず素っ頓狂な声が漏れ出ていた。
朱里が突然、朱里らしくないことを言った。
私が朱里に言うのは、いい。
けど、朱里からそんなこと言われるのは初めてで、私の心は大きく揺れた。
「なんで」私は言った。その声は少し揺れていたかもしれない。「なんでそんなこと言うの」
「なんでって」私の声が思いのほか切実な響きを持っていたからか、朱里は言い訳をするように言った。「アキがいっつも私に言うことじゃん」
「私はいいの」
「なにそれ」
「朱里はだめ」
「意味わかんない」
朱里はため息を落として立ち上がった。逆光でその顔はうまく見えなかった。
朱里は滑り台の方まで歩いて行く。
そして階段を上って、頂上で座った。私はその姿を目で追っていた。
「アキも来なよ」
朱里はスライダーに足を伸ばして、そこを足でとんとんと蹴った。
私は立ち上がり、スライダーの終点部分に膝で座って、朱里を見上げた。
「ごめん」朱里は言った。「喧嘩したかったわけじゃないんだ」
「ううん」私は首を振って応えた。「私が変なこと言ったから。謝るのは私」
私はそう言って滑り台を駆け上がり、座っている朱里に抱き着いた。
「ごめん」
そのまま私は、朱里と一緒に滑り台を滑り落ちて、砂場に転げた。
どちらからともなく笑いだして、私は「ごめんー」と照れ隠しの様に何度も繰り返し、朱里もそれに「いいよー」と何度も言った。
「それじゃ、帰ろうか。お日様も沈んじゃうしさ」
完全に日が暮れる前に、帰ろう。
私たちは立ち上がり、体についた砂を払った。
私が朱里の背中の砂を払うと、朱里も私の背中をはたいてくれた。
私たちの体にはまだ細かい砂の粒がいくつも付いていていたけれど、そんなこと二人とも気にしていなかった。
公園の入り口に置いたランドセルを手に取り、家までの道を歩く。
もう聞くような聞くようなことではないし、わざわざ蒸し返すような野暮なことはしないけれど、どうして朱里はあんなこと言ったのかは気になる。
私は朱里とばっかり遊んでいればいいし、朱里だってそうだ。
私はそういうのが上手い方だから教室の友達とも仲良くするけれど、本当は、朱里とずっと二人でいたい。
朱里のあんな言葉を聞くと、嫌でも邪推してしまいそうになる。
「そういえばさ」私は言葉を探す。勝手にめぐりだす自分の思考を止めるように。「最近朱里成績良くない?」
私は朱里に問いかける。
これは前から薄々思っていたことで、朱里は三学期に入ってから、なぜか成績がいい。
「え、まあ、そうかな。冬休み、アキと宿題がんばったから? かも」
アキは一瞬大きく目を開いたあと、その目を伏せた。
「そういうもんかな」
「きっとそうだよ」
「ならそのうちお礼してもらおうかな」
私は朱里の横腹をつついておどけた。
朱里はやめてよ、と笑いながら私の手を掴んで、きょろきょろと辺りを見回したかと思うと、その勢いのまま自分の唇で私の唇に触れた。
「お礼ならいつでもできるけどね」
朱里はそう言って数歩駆けて、私を置いてゆく。
「ちょっと待ってよ」
立ち止まってしまった私を、朱里は待たずに進む。
私は彼女を追いかけて、その袖をつかむ。
「今のなに」
「お礼だよ」
「それ、朱里が決めるんだね」
「文句あるの?」
私は笑いそうになるのをこらえながら、朱里に答えた。「ないよ」
朱里の肩に小さく私の肩をぶつけた。
朱里も私の肩に、小さく肩をぶつけて返した。
それを何度か繰り返して、一つ大きな風が吹いて、私は首許のマフラーをぐっと寄せた。
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