第12話 寒空に散歩
「おはよう」
なぜか私の隣で横になっていた朱里の声で起こされた。
昨日の夜のことはあまり覚えていない。
なんとなく朱里が私と一緒に寝ると言って、私もそれを拒まなかったことは覚えている。
その過程や経緯は忘れてしまった。
「おはよう」
「見て、アキ。積もったよ」
朱里は窓の外を指さした。
私は寝ぼけ眼をこすって窓際へ這い、モノクロになった街を眺めた。
「……やっぱり、積もると嬉しいね」
「そうだね」
「あとで雪だるま作ろう」
「いいね。そうだ、アキ。これ開けよう」
朱里は枕もとにある、可愛くラッピングされたものを手に取って言った。
「これって」
「来たんでしょ。サンタさん」当然のように朱里は言った。
そうだ。本来サンタさんが来ることは不思議なことではない。
だけど私は、サンタさんという存在と自分とをうまく結びつけられなくて、だからサンタさんが来たという事実をうまく認識できなかった。
「そっか」
朱里がそれを手に取ってラッピングを解いていく様を見ているなかで、私は少しずつ現実を理解してきた。
「……久しぶりにきた。サンタさん」
「よかったね」と朱里は言った。「今年の行いが良かったんだよ」
「行いがいいと、サンタさんが来るの?」
「知らないの? お母さんはそう言ってたけど」
「なにそれ」
じゃあ、今まで私にサンタさんが来なかったのは、私の日頃の行いが悪かったからってこと?
お母さんが亡くなってから、私が少し塞いでしまったのがいけなかったのかな。
私が思い悩んでいるうちに隣では、「わあ」と朱里の楽し気な声が上がった。
朱里がラッピングを解いた先には、紺碧のマフラーがあった。
「かわいいね」
「うん」
一目ぼれしたのか、朱里はそれを胸に寄せて抱きしめた。
「ねえ、アキも開けなよ」
「うん」
私は枕もとのそれを手に取って、朱里のものと似た包装を解いていく。
わあ、と私の口からも、さっきの朱里と似たような声が漏れ出る。
現れたのは深紅のマフラー。
「色違いだね」
いつの間にか私のすぐ隣に立っていた朱里が言う。
確かにそうだ。お揃いと言ってもいいだろう。
「だね」
「巻いてあげるよ」
私は、朱里の持つマフラーを手に取って彼女の首に巻いた。
「うん。よく似合ってる」私がそう言うと、朱里も少し照れたように「私も巻いたげる」と言った。
私は手元のマフラーを朱里に渡して、表彰台でメダルをかけられるのを待つ子供みたいに、首を少し下げた。
新品特有のわくわくする匂いがして、私は思わず笑みがこぼれた。
「いいね。似合ってる」
「ありがとう」私は首に巻かれたそれを見ながら言った。「サンタさんにはありがとうだね」
しばらくすると一階からゆずさんの声が聞こえて、私たちは一階へと降りた。
「嬉しそうだね」ゆずさんは私たちの顔を見て言った。「サンタさんは何をくれたの?」
「マフラー」私たちは口をそろえて言った。
実里ちゃんはすでに椅子に座っていて、朝ご飯のフレンチトーストをほおばっている。
隣の椅子には見慣れない大きな熊がちょこんと座っている。
「実里ちゃん、それどうしたの?」
私が問いかけると、「サンタさんがくれたー」と実里ちゃんは答えた。
どうやら実里ちゃんはテディベアの大きなぬいぐるみをもらったらしい。
「かわいいね」
「でしょー」
フレンチトーストは甘くておいしかった。
思えば久しぶりに食べたな。
ふと、お母さんがフレンチトーストは固くなった食パンを使えるから、と言って作っていたのを思い出した。
「おいしい」私はゆずさんに言った。
「そりゃあ、私が作ったんだから当たり前でしょう」
ゆずさんは自慢げに言って、自分で作ったそれを一つ口に運んだ。
「今度作り方、教えてください」
「それはいいけど…… そんなにおいしかった?」
「はい」
「じゃあ私にも教えて」
「じゃあ私もー」
隣で無言でほおばっていた朱里と、一通り食べ終わって熊を抱きしめている実里ちゃんも、私に続いた。
「じゃあ、今度皆で作ろうか」
ゆずさんは困ったように笑って私たちにそう提案した。
やったー。ありがとうございます。
実里ちゃんと私はそうやって喜んで、朱里はうん、と一つ頷いた。
私たちは朝食を取り終えると炬燵に入って、年末から続くテレビ番組の特番を見た。
寒空に日が覗き始めると、サンタさんからもらったマフラーと手袋をして外に出て、雪だるまを作った。
実里ちゃんは友達と遊んでくる、と言って走ってどこかへ消えていった。
朝には雪は止んでいたが、午後になっても気温は上がらず、降り積もった雪は形を変えずに残っていた。
私たちは玄関の傍らに、ちょうど実里ちゃんのテディベアくらいの大きさの雪だるまを二つ作って並べた。
「案外きれいにできたね」
「そうだね」
ゆずさんに言ってもらった人参は鼻に、その辺にあった手ごろな大きさの木の枝を腕にした。
しかし目を何で作ればいいのかがわからずに、とりあえずみかんを両目にしておいた。
雪だるまの目は黒いイメージがあるけれど、実際あれは何で作っているのだろう。
顔のパーツがオレンジ色で、雪だるまと言うにはぱっとしない感じになっていしまった。
それでも朱里は満足そうに、かわいいと言って微笑んでいた。
朱里がそう思ってくれているのなら、私はそれで満足だ。
手と足の指先とが悴んでいたいけれど、せっかく雪が降ったのだからもっと楽しみたい。
「これからどうする? どっか行こうか」
私は朱里に問いかける。
「家にいてもすることないから。とりあえず歩こう」
朱里は歩き出して、私もそれに続いた。
歩くたびに、ぐっと雪を踏みしめる音がした。
雪の上を歩くとこういう音が鳴ると知っていたはずなのに、久しぶりにその音を聞いた私は少しだけ驚いた。
朱里も楽しそうに、わざと雪の深い場所を選んで歩いていた。
住宅街を抜ける。
聞こえてくるのは雪を踏む音、私たちの声、時折車が横切る音、遠くで私たちよりも背の小さな男の子が雪を投げあってはしゃぐ声。
音と音の間の空白が普段より大きい気がして、音は確かに聞こえているはずなのに、私は静かだな、なんて思った。
どの家も白く薄化粧をしていて、太陽は重い雲にぼやけ始めていた。
先ほどよりも薄暗くなった世界を、二人で歩く。
「どこ行く?」
「どこもいかない」彼女は言った。「こうして歩いてるだけでいいよ」
彼女は歩くことそのものが目的だと言わんばかりに、ぐっと雪を踏みしめている。
当てもなく歩くよりは、どこかに向けて歩いたほうがいいとは思うけれど、私も結局彼女と一緒に歩いているだけでいいから何も言わなかった。
しばらく足のおもむくままに歩いていると、いつも間にか公園についていた。
学校の人たちと遊ぶ時の公園ではなく、私と朱里の小さな公園。
名前は、日暮れ公園といっただろうか。
私たちの間では「公園」で通じるから、正式名称ははっきりとは覚えていないのだ。
誰かが遊びまわった足跡や、滑り台の上に並べられた小ぶりな雪だるまから、誰かが私たちの前にここに来ていたことがわかる。
ベンチやブランコは濡れていて、座れそうになかった。
長くここにいることはできなさそうだな、と思った。
私たちは小ぶりな雪だるまを二つ作って、滑り台の上に座っている彼らの横に並べた。
「私はこっちの方が好きかも。ちっさなサイズだと、やっぱりかわいく見えるね」
「こうやって横に何人も並んでると特にね」
朱里は私の感想に頷いた。
「でもなんか、朱里の作った雪だるまの方が綺麗な気がする」
「でしょ」彼女は鼻をすすって言った。
「さすがに寒いね。帰ろうか」
「うん」
「手、繋ごうか」私は彼女に左手を差し出す。「寒いし」
「……うん。寒いしね」
彼女は私の目を見ないまま、その手を取った。
悴んだ指先が、彼女の体温で溶けていく。
帰り道はいつも、なぜか行きの道よりも短く感じる。
私たちは帰ってから炬燵の中に入って、一時間ほど眠った。
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