触れる
元彼のことが頭に焼き付いていた。
外でも構わず触れてきたり、言葉で下心を伝えてきたことが。
最初は求められることが嬉しくもあったけれど徐々に度が過ぎていると感じてきて最終的に彼自体が気持ち悪いように思えて、別れを切り出した。
1年と少しの間そばにいて、最初はあんなに好きだった気持ちが微塵もない自分に悲しくなった。嬉しかったものが嬉しくなくなって、辛くなって、怖くなった。
別れてから誰かに触れるのがほんの少し怖い。
将来結婚したいという漠然とした思いはあれど、触れることが出来ないのに彼氏になってくれる人間なんてきっとどこにも居ないと思うと、悲しい。
触れないなら、友達にしかなれない。
手を繋いで街を歩いて、体を重ねて。
恋人という『特別』な関係は私にはそう思える。
好きな人がいる。
できるだけ一緒にいたいし、会いたいし声を聞きたい。顔が良くてセンスが良くて一緒にいて楽しい、優しすぎて自分のことを疎かにすることもあるようなそんな人。
でも、付き合うことが想像できない。
一緒に出かけて手を繋ぐその姿が、彼とキスをする姿が、彼に触れる私も、私が触れる彼も、全く思い浮かばない。
むしろ、気持ち悪い。
見ているだけでいい。彼が笑う姿を、美味しいものを食べている姿を、隣で歩く時に見える横顔を。ただ、見ているだけでいい。
元彼みたいに、触れられるのは怖い。無理やりは嫌だ、怖い、痛い、やだやだやだやだ、
はぐれそうになって、差し出された手を思わず振り払ってしまった。
「……え」
誰のものかも分からないつぶやきは人混みに流されて、手を取れなかった私は彼とはぐれた。
スマホも出せないような人混みの中で音が遠くなるのを感じる。
彼の手が元カレに伸ばされた手に重なってしまった。乱暴に私を触る、その手に。
「見つけた!」
声がして、振り返る。彼だ。
「大丈夫?」
呆然と立ち尽くす私を心配してくれるその声にハッとして、慌てていつもの笑顔を作る。
「大丈夫。ごめんね」
「いや、俺こそごめん」
君は何も悪くないのに。全部私が、悪いのに。
結局、その日はその場で花火を見て、解散した。それから、私から連絡は取っていない。
怖くなってしまったのだ、会うことも、話すことも。求められるかもしれないことが。
前には、進めなかった。
手を取ろうとしてくれたあの時、手を伸ばせていたら代わっていたのだろうか。
わからない。
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