隙間
ずっと、あなたを見ていたかった。
お日様のように笑って、柔軟剤の甘い匂いがして、白い肌に今にも折れてしまいそうなくらい細い腕。
怒っているときも泣いているときもどんな時もかわいくて、儚くて。
そんなあなたが、どうしようもなく好きだった。
ただそこにいて僕は見ているだけでいいと思っていた。触れられない距離で君と笑って近づくこともなくでも離れない距離でそばにいたいと思っていた。
彼女は僕じゃない誰かと結婚した。
その時初めて自分の思いが想像より強かったことを知った。
初めて思いを伝えなかったことを後悔したけれど、もう何もかもが遅かった。
付き合っていたことも知らなかったし一緒に住んでいたのも聞いてないし、僕が一番近い存在だと思っていたのに僕だけがその事実を式に案内されるまで知らなかった。
「内緒にしててごめんね、来てくれると嬉しいな」と見覚えのある筆跡がはがきには添えられていた。
はがきを見た瞬間の僕の気持ちは言葉には表せないほど複雑だった。
なぜ教えてくれなかったのか、なぜ式に招待するのか、なぜ、なぜ、なぜ?
……結局出席の返事を出した。
彼女が好きになって結婚する相手を一目見てやろうと思った。
彼女に会うのが最後になるかもしれないと思った。、
普段何もしない髪をきちんとセットして、スーツを着て。特に彼女以外に知り合いのいないアウェーな空間で居心地悪く座る。
僕が物語の主人公なら、誓いの言葉の時に堂々と出て行って場をぶち壊しただろうが、あいにく僕の生涯はわき役にふさわしい。幸せそうな二人に拍手を送るにとどまった。
何となく味のしないご飯を食べながら周りの話に耳を傾ける。
「咲、結婚しないって言ってたのに早かったね」
「ねぇ、恋愛なんて無理っていつも言ってたのに」
「かわいくてずっとモテてたからね。今日の咲、幸せそうでよかった」
「お相手さんのことはだれか知ってた?」
「いや、私は何も」
「私もなの。誰か1人くらい紹介してたのかと思ったんだけど違うんだ」
彼女の友人が揃ったテーブルなのに誰も新郎のことは今日まで見たことなかったみたいだ。
(僕だけじゃなかったのか)
すこしホッとする反面、彼女はもう彼のものなのだなという思いが僕の中を巡る。
新郎新婦はそれぞれ出席者に挨拶するために各テーブルを回り始めた。
回ってくる彼女に僕はなんと声をかけるべきか言葉を考える。
『おめでとう』、『きれいだね』、『なんで結婚したの?』
気の利く一言が見つからない。もう今までのようなただの友人にはなれないということが僕にはわかっていたから。
二言目まではいいとして続きが決まらないまま彼女はすぐ目の前まで来た。
「今日のドレスきれいだね!」
「そうなの!とっても私に似合ってるでしょ」
僕の知ってる君のまま、君は僕を向いた。
「おめでとうは?」
「それを言いに来たんだよ。おめでとう、咲」
「ありがとう!きれいになったでしょ」
「うん。とてもきれいだ」
「珍しいね、君がそんな風にストレートにほめるなんて
でも、ありがとう。
また連絡するからさ、そんな泣きそうな顔しないでよ」
僕はこれから彼女にどんな顔して会えばいいのだろうか。誰のものでもない彼女が好きだった。自由で気ままであざといところもあって。普段周りにはとってもいい子なのに僕の前ではいたずらっ子で気を許してくれていたから僕も気を許していたのに。
「それじゃあ、またね」
心の中に吹き荒れる嵐を見せないように必死に笑顔を作って返事をしていたら彼女は次のテーブルに去っていった。ちゃんと笑顔で祝えていただろうか。
視界がにじみだしたので慌ててお手洗いへ駆け込む。
彼女への恋心のお別れを感じた。
彼女との間にあったはずの確かに硬い友情を僕が1人でひねりつぶした。
彼女はいまだ僕との友情を信じてくれているのだろうか?
それすらも怪しい。
僕たちの間にあった友情という名のちょうどいい距離感は第三者の出現で簡単に崩れた。隙間からひびが入り、知らぬ間に取り返しのつかない大きさになって、壊れた。
僕はこれから一人で生きていくだろうという予感がした。
これから先誰を見ても彼女と比べ、そして落胆することになるだろう。
これは哀れな男が失恋しただけの話。
かわいい女の子が結婚しただけの話。
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