第20話 柔らかな香り
「(でも、今はそれでも良いかな)」
昨日の様子を見れば、美月が嘘や冗談で俺と付き合いたいと言ったわけじゃないのは明白だし、今までの女子四人の会話を聞いて、俺は彼女にとって他の男子とは違う存在だと言うことが分かったのだから、今はそれで十分だ。
「(取り敢えず、羞恥プレイに見合うだけの収穫があったってことにしておこう)」
人の目に触れない所ならまだしも、教室で昼食を摂っている以上、周囲の注目からは逃れられない。皆、興味津々に俺たちの様子を窺っているのだ。しかもそれがクラスメイトだけでなく、他のクラスからの見物人まで混じっているのだから尚更恥ずかしい。
俺は美月vs女子三人の攻防戦に耳を傾け、出来るだけ周りに目線を向けないように意識しながら、昼休みの残り時間を何とかやり過ごしたのだった。
その日の放課後、俺は美月と一緒に彼女の家に向かっていた。
きっと
けれど、実情は少々違っていた。俺たちは目線も言葉さえも交わすことなく歩みを進めているのだ。
『私の家に来てほしいの』
校門を出る間際に美月から告げられた言葉。その真剣な眼差しに、俺は黙って頷くことしか出来なかった。
学校を後にしてから15分ほど歩き、やがて俺たちは目的地に辿り着いた。美月の住まいは、学校を挟んで俺の家とは正反対の方向に位置するマンションの一室だった。
「誰もいないから、遠慮なく上がって」
「う、うん、お邪魔します…」
美月に促されて家に上がらせて貰う。我が家とはまるで違う雰囲気に何だかそわそわする。
落ち着かない俺の様子を見て、美月がクスリと笑う。久しぶりに見る彼女の笑顔に、ほんの少し気持ちが和んだ。
「ひょっとして緊張してる?」
「うん、ちょっとね。俺、女の子のうちに来たの初めてだから」
「そっか、実はね、私もちょっと緊張してる」
美月はそう言いながら、俺をリビングに案内してくれた。部屋を満たす甘く柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。
「今、飲み物用意するね。コーヒーで良い?」
「うん、ブラックでよろしく」
「ふふ、なんか大人っぽい。ちょっと待ってて」
キッチンに入る美月を見送ってからソファーに腰を下ろし、不躾かと思いながらも室内を見渡した。飾り棚の小物類やテーブルの一輪挿し、シンプルな家具の一つ一つに住む人のセンスの良さが感じられる。やはり女性が暮らす家だからだろうか、男所帯の我が家とは大違いだ。
「何か珍しい物でもある?」
キョロキョロと辺りを見ていた俺の目線をふわりと立ち上る湯気が遮った。美月がテーブルにコーヒーマグを置いてくれたのだ。
彼女は自分のマグを両手で包み、俺の隣にぽすんと座った。
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