第18話 どよめき

 登校して来る生徒たちが朝の挨拶を交わす中、昇降口で靴を履き替え、3年生の教室へと続く階段をゆっくりと上って行く。一段また一段と歩みを進めるうちに、少しずつ緊張が高まって来た。

 いくら決意したとは言え、まもなく直面するはずの騒動を考えれば、多少の動揺はやむを得まい。


「(さて、いよいよだな)」


 教室の前に辿り着き、一旦足を止める。目を閉じてふうっと息を吐き出し、心の中で『よし!』と気合いを入れた。


「おはよう、陽翔」

「うわっ?!」


 突然後ろから声を掛けられて思わず飛び跳ねた。わたわたと振り返れば、声の主が楽しそうに笑っていた。


「あはは、陽翔ってば驚き過ぎ」


 俺は飛び出しそうになった心臓を何とか押さえ付け、深いため息を吐いて乱れ掛けた呼吸を整えた。


「はあ〜、おはよう、美月。いつもなら君の方が先に登校してるから、まさか後ろから声を掛けられるとは思わなかったんだよ」

「ふふ、今日はお弁当を二つ作ったから、ちょっと遅くなっちゃった」


 美月は手に提げていたサブバッグを掲げて見せた。中に入っている二つの弁当のうち、一つが誰の分なのかなど今さら聞くまでもない。

 けれど、俺は敢えて美月に尋ねることにした。彼女の後ろで目を丸くしているクラスメイトの女子三人に聞かせるためだ。


「一つは俺の分ってことで良いの?」

「もう、分かってるくせに。陽翔の好きなおかずをいっぱい入れたから、楽しみにしててね?」

「了解です。間食しないで大人しく待ってます」

「うむ、よろしい。あ、みんなごめんね?」


 美月が女子三人に声を掛けて教室に入って行く。

 俺はこちらをチラチラ窺いながら美月を追いかけて行く女子たちの後ろ姿を見送り、一呼吸置いてから、ざわつき出した教室に足を踏み入れた。


「おいこら、陽翔?! 一体何がどうなってるんだ?!」


 教室に入った途端、血相を変えた玉ノ井が掴み掛からんばかりの勢いで迫って来た。普段から賑やかな奴ではあるが、今日は一段と声が大きい。実はこの男、玉ノ井たまのい倫太郎りんたろう(通称、玉りん)は美月のファンなのだ。


「玉りん、落ち着け。朝から何騒いでるんだよ」

「これが騒がずにいられるか! お前、いつの間に雨夜さんと付き合ってたんだよ!」


 玉ノ井の大声に辟易として顔を逸らすと、胸元で小さく手を振ってニッコリ笑う美月と目が合った。

 俺がギャンギャン捲し立てる玉ノ井を振り払い、窓際の席で待つ美月の傍らに立つと、クラスメイトたちの視線が集まり、皆のざわめきが小さくなる。

 やがて静寂が訪れたタイミングで、俺は美月に話し掛けた。


「もう話しちゃったんだね」

「うん、訊かれちゃったから。ダメだった?」

「ううん、隠すのは止めようって決めたんだから構わないよ。ただ、どうせなら二人で一緒に話したいと思っただけ」

「ふふ、それって記者会見みたい」

「あー、指輪を見せてください、みたいな?」

「おやおや? それはご予約いただけるってことでよろしいですか?」

「うん、そうだね。もう少し後になるけど、それまでここは空けといてほしいな」

「ご成約いただきありがとうございます。ふふ、今から楽しみ♪」


「「「「うおー?!」」」」

「「「「きゃー♡」」」」


 美月が差し出した左手の薬指に、俺が右手の人差し指をちょんと触れさせると、固唾を飲んで見守っていたクラスメイトたちが一斉に沸いた。男子と女子で若干反応が違うのは性別による志向の違いだろうか。

 教室に祝福や悲嘆の声、驚愕の叫びが飛び交う中、思惑が当たった俺と美月はくすくすと笑い合うのだった。


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