第17話 心持ち

 美月と付き合うことを決めた翌日の朝、いつもどおりに顔を洗い、いつもと同じように朝食を摂った。そして、いつもの時間に家を出て、いつもと同じ通学路を登校する。

 中学校に入学してから2年以上繰り返して来た、いつもと変わらない日常が今日も始まった。


「(昨日と比べれば、だいぶ気持ちも落ち着いたかな)」


 衝撃的な昨日の出来事から一夜明けて、俺は平常心を取り戻していた。いや、寧ろいつも以上にポジティブな心持ちで今日これからに臨もうとしていた。

 それはきっと美月のお陰だ。


「(あんなに長く人と話したのは、どれくらい振りだろう)」


 昨日の夕方にメッセージのやり取りから始まった俺と美月の会話は、やがて音声通話に変わっていた。文字入力が面倒になったからと、美月が途中から通話に切り替えたのだ。

 女子との会話に慣れていない俺は、初めはぎこちない受け答えしか出来なかった。けれど、美月が乗りやすい話題をチョイスしてくれたのと、フランクな雰囲気で会話を引っ張ってくれたお陰で、いつの間にか気安く言葉のキャッチボールを楽しめるようになっていた。

 そして気付けばやり取りを始めてから2時間が過ぎ、最後はお互いに笑いながら翌日の約束を交わして通話を終えたのだった。


「(あれが無ければ、登校する気にならなかったかもしれないな)」


 俺たちは付き合い始めたことを隠さないことにした。

 男嫌いで通してきた学校一の美少女と一介の同級生男子がとなれば、我がクラスだけでなく、学校中が大騒ぎになるのは目に見えている。しかし、きっとどんなに秘密にしようとしても、いつかは知られてしまうに違いない。であれば、最初から堂々としていれば良い、と結論付けたのだ。


『一度始めたからには投げ出さずに最後までやり通すべし』


 幼い頃から父親に言われて来た言葉が頭に浮かんだ。当の本人は結婚生活を投げ出したくせに何を言ってやがると思ったこともあったが、あの言葉は俺の中にしっかりと根付いていたようだ。


「(まさかここでダメ親父に言われたことが活きるとは思わなかった)」


 美月の真意も自分自身の想いさえも曖昧なまま交わした約束に、不安がないと言えば嘘になる。けれど、俺は付き合うと決めたからには真摯に向き合おうと心に決め、初夏の陽射しが降りそそぐ通学路の先を真っ直ぐに見据えて歩いて行った。


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