第16話 思わぬ言葉

「(温かい…)」


 力加減を間違えれば壊れてしまいそうなほど華奢な手から、柔らかな感触と共に優しい温もりがじんわりと伝わってきた。それと同時に、この心地よさを手放したくない、いつまでも感じていたいという想いが胸に広がって行く。


「(この子の手、だからなのかな…)」


 それほど機会が無かったとは言え、女子が苦手な俺でも女の子と手を繋いだことくらいはある。けれど、こんな気持ちになったのは初めてだった。


「ねえ、天乃くん」

「うん…」


 握り合った手に目を落としながら感慨に耽っていると、美月が話し掛けてきた。彼女は半分ほうけたままの俺に、衝撃的な一言を放った。


「私と、お付き合いしてほしいの」


 思いもよらない言葉を聞いた俺は、一気に目が覚めたのも束の間、そのまま思考停止に陥り掛けた。

 学校一の美少女が、男嫌いの雨夜美月が、つい昨日まで言葉を交わすことさえなかった俺に何と言った?

 俺はマナー違反なのを承知の上で、こちらを見つめる美月に聞き返した。


「あ、あの、雨夜さん、今、何て?」


 窺うように問い掛ける俺に、美月は呆れたようにため息を吐きながらも、先ほど言ったことをあらためて伝えてくれた。


「天乃陽翔くん、私とお付き合いしてください。もう、2度も言わせないでよ」


 美月は頬をほんのりと桜色に染めながら小さく唇を尖らせる。彼女のお願い事が何であれ、この表情を見せられてNOと言える男子がいるだろうか。


「はい…、俺でよければ…」


 俺は未だ半信半疑の状態を抜け出せないまま、美月の申し出を承諾したのだった。




 その日の夕方、自宅マンションに帰り着いた俺は、制服のままリビングのソファーに倒れ込んだ。


「はあ、疲れた…」


 美月とは校門を出た所で分かれた。分かれ際、彼女から二つ提案(通告?)があった。

 一つは今からお互いを名前呼びすること、そしてもう一つは…


『俺の弁当を? 雨夜さんが?』

『雨夜じゃなくて美月。それとお昼は毎日一緒に食べるから、そのつもりでお願い』


「(ホントにあの子、何考えてるんだろう…)」


 何もかもがあまりにも唐突すぎて、まるで実感が湧いてこない。いっそ夢なら分かりやすいのだが…


 ピローン♪


 現実逃避しかけた俺をスマホの通知音が引き止めた。慌ててスラックスのポケットからスマホを取り出すと、美月からメッセージが入っていた。


『陽翔は食べられない物ってある?』


 用件だけが綴られた短い文面に一瞬キョトンとする。


「(俺たちって、こんなに気安い間柄だったっけ?)」


 先ほどまで悶々と思いを巡らせていた自分が滑稽に思えてきた。俺は内心で苦笑いを浮かべながら、返しのメッセージを打ち込んだ。


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