第15話 謝罪

 俺はほんの少し逡巡し、彼女の問いに答えた。


「さっきばら撒いた時にページが折れてたんだ。俺の所為せいだから、俺が使うよ」

「折れてたのって、この1冊だけ?」


 美月は俺を一瞥もせず、クラスメイトたちの机を見渡す。ここで誤魔化そうとしても無駄なのは分かっていた。俺はもう1冊の不良品にも付箋を付けておいたのだ。


「もう1冊あったけど、玉ノ井に引き取って貰うことにした。多分あいつだったら気にしないから」


 俺が普段からつるんでいる友人の名を口にすると、美月は持っていた副教材を俺の机に戻し、玉ノ井の机に移動して付箋付きの冊子を手に取った。こうなれば何をしようとしているのか訊くまでもない。


「雨夜さん、待って。そんなことしなくても…」


 俺が止めるのも聞かず、彼女は手にした冊子を自分の机の上にあるものと交換してしまった。


「貴方だけの所為じゃないから」


 美月はぽつりと呟き、自分の席に戻ろうとする。俺は咄嗟に彼女の腕に手を伸ばし、こちらを振り向かせた。


「「!」」


 瞳を大きく見開き驚く俺と美月。突然腕を掴まれた美月は当然として、俺自身も自分の行動が信じられず、ただ彼女の瞳を見つめることしか出来なかった。


「(だ、だめだ。とにかく謝らないと)」


 そう思い直した俺は美月から手を離し、彼女に向かって勢い良く頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! さっきのことと言い、重ね重ね申し訳ありません!」


 腰を90度に折って最敬礼すること暫し、頭の上でふっと息を吐く気配がした。恐る恐る顔を上げた俺の目に飛び込んで来たのは、頬を緩め、瞳を細める美月の姿だった。


 それは、俺が彼女と出会ってから初めて向けられた本当に微かな、けれどとても眩しい笑みだった。


 美月は柔らかな表情のまま、思わぬ言葉を返してきた。


「お互い様で良いと思う」

「え?」

「副教材が崩れたのは、貴方にたくさん持たせちゃったからだし、ページが折れてたことも、戻って来なかったら気付かないままだった。それに、私だったら、みんなに配ろうなんて思わなかったもの」

「で、でも、それ全部、俺が勝手にしたことだから。雨夜さんに嫌な思いをさせたのとは別のことだよ」


 図書室で副教材の山を見た時、女の子に無理はさせられないと、男の俺の方が多く運ばなければと思ったのは事実だ。けれど、結局それが美月に迷惑を掛けることに繋がったのだから、俺の落ち度が打ち消されることなど有り得ない。


「だから、許してほしいとか言えないけど、せめて謝罪だけはさせてほしい」


 俺が話している間、美月はこちらをじっと見つめていた。やがて俺の言葉が途切れると、彼女は瞳を僅かに伏せて、徐に右手を差し出した。


「握手」

「え?」


 正直言って戸惑った。これは俺の謝罪を受け入れてくれるということなのだろうか。


「握手して」

「う、うん…」


 真意が分からず躊躇ためらう俺に、美月は尚も握手を求めて来た。俺は彼女の静かな、けれど拒否することが憚られるような切実さを伴った雰囲気に押され、おずおずと右手を伸ばし、差し出された小さな手をやんわりと握った。


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