第14話 副教材

「(やっちまった…)」


 普段の明るく快活な姿からは想像できないほどの弱々しい、いや、寧ろ痛々しいと言うべきだろう彼女の様子は、俺が持っている雨夜美月のイメージとは真逆のものだった。


「(男嫌いなのに、いきなり男子に押し倒されたんだから無理もない…)」


 それほど怖い思いをさせてしまった以上、しっかりと向き合い、誠心誠意、謝罪すべきだ。女子が苦手などと言っていられない。

 しかし、そう思っても美月は既に姿を消してしまった後だ。今はどうすることも出来ない。


「取り敢えず、こいつを片付けるか」


 一つため息を吐いてから足下に散らばった冊子を見下ろした俺は、誰に聞かせるでもなく独り言ち、まずは目の前の現実に対処することにした。


 床に落ちた副教材を1冊ずつ手に取ってチェックして行った。あれだけ派手にぶちまけたのだから、表紙が汚れていたりページに折れが付いているかもしれない。少々手間は掛かるけれど、自分がやらかしてしまった手前、これ以上手抜かりはしたく無かった。

 結局、同じ種類の副教材2冊にページ折れが見つかった。不良品が35分の1なら御の字と言ったところだろうか。


「(1冊は俺が使うとして、もう1冊は誰に押し付けようか)」


 俺は引き取ってくれそうなクラスメイトの顔を思い浮かべながら、無事だった副教材を抱えて皆の机に配り始めた。

 担任からは教室に運ぶよう言われただけだが、日頃から何事もきちんとしておきたい性分なのも手伝ってか、ここまで来たら最後までやってしまわなければ気が済まなかったのだ。


「1冊目、配付完了。さて次…え?」


 俺は1種類目の配付を終え、2種類目に取り掛かろうと振り向いたところで目を丸くして動きを止めた。美月が俺が次に配ろうとしていた副教材を抱えて立っていたのだ。


「私も手伝う」

「あ、うん…」


 美月は俺の曖昧な返事を気に掛けること無く、クラスメイトの机の上に副教材を1冊ずつ置いて行く。先ほどの萎れた様子が嘘だったかのような彼女のキビキビとした振る舞いを俺は狐に摘まれた心地で暫しボーッと眺めていた。


 我に返った俺が3種類目の副教材に手を付け、二人で手分けして配り回ったお陰で、思ったより早く作業を終えることが出来た。俺は教室を見渡してホッと一息付いてから、あらためて気持ちを落ち着けようと意識して深く息を吐いた。美月に先ほどのことを謝りたかったのだ。

 けれど、そうは行かなかった。


「これはどうするの?」


 美月は俺の机に置いてあった副教材を手に取ってパラパラとページを捲っていた。折れたページが分かるようにと付箋を付けたのが仇となってしまったようだ。


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