第13話 怯え

 これまでも美月の声を聞いたことはあった。クラス替え後の自己紹介や授業での受け答え、女子同士でのおしゃべりを耳にしたこともある。

 けれど、たった今耳朶をくすぐった澄んだソプラノは、他のどの場面とも違い、俺の耳にスッと入り込み、胸にふわりと染み渡ったのだ。


「(こんなに綺麗な声だったんだ…)」


 思わぬことに言葉を発せずにいると、美月は俺から目線を切って、さっさと教室に入って行った。それを見た俺は、彼女を追って慌てて教室に足を踏み入れた。ところがこれが失敗だった。

 急な動きに両手で抱えていた副教材の山がぐらりと揺れた。俺はバランスを取ろうとして上手く行かず、あろうことか副教材もろとも美月に向かって倒れ込んだ。


「うわっ?!」「きゃっ?!」

 ドサッ!


 俺は副教材がバラバラと散らばる床の上で、美月を抱きしめてうずくまっていた。崩れ落ちた副教材が彼女に当たらないようにと、咄嗟に体が動いたのだ。


「(俺、何でこんなこと…)」


 俺は自分の行動に戸惑った。

 美月に当たってしまうかもしれないと思ったのは確かだ。けれど、普段の俺ならこうまでして誰かを守ろうとするだろうか。何も考えずに体が動くだろうか。しかも相手は苦手な女子、その中でも特に苦手な雨夜美月なのだ。

 そんなことを考えていると、腕の中の美月が小さく声を漏らした。


「え…」


 彼女の声を聞いて我に返った。俺が目線を向けると、彼女は怯えるような眼差しで、こちらをじっと見ていた。今は思いを巡らせている時じゃない。

 俺は平静を装い、ショックを受けている様子の美月に出来るだけ穏やかに声を掛けた。


「雨夜さん、ごめん、大丈夫? どこか痛めてない?」

「そん、な…、私…、何で…」 

「え? 雨夜さん、今何て…、うわっ?!」


 俺の問いかけに何か呟いたのも束の間、美月は覆い被さる俺を力一杯押し退けて素早く立ち上がった。そして、じりじりと後ずさって俺から離れて行く。


「えっと、雨夜さん?」

「あ、あの…、ごめんなさい…」


 俺の再度の問いかけに、美月は弱々しい謝罪の言葉を残して教室から出て行ってしまった。

 俺は上体を起こして床に座り込み、ただ呆然と教室の出入口を見つめていた。


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