第12話 声

 俺が美月のことを知ったのは今から3年前、同じ中学校に上がったことが切っ掛けだった。

 隣のクラスに可愛い女の子がいるという話はすぐに俺のクラスにも広まり、男子たちは色めき立った。美月は既にこの頃から誰もが認める美少女だったのだ。


 となれば当然、美月の周りには男子が群がり、早々に恋の鞘当てが始まるかと思いきや、そうはならなかった。なぜかと言うと、小学校に通っていた頃の彼女について噂が流れたからだ。


『男嫌いの雨夜美月』


 美月と同じ小学校だったクラスメイトによると、彼女は明るく活発で面倒見が良く、友達も大勢いたらしい。しかし、その対象は女子に限られ、男子に対しては話をすることはおろか、目を合わせることさえ無かったのだと言う。

 俺はこの話を聞いた時、そんな女子と同じクラスにならなくて良かったと心の底から安堵した。女っ気の無い男所帯で育ったためか、そもそも女子が苦手だったのだ。


 そんな俺と美月の間に接点など生まれるはずも無く、あっという間に2年の歳月が流れた。

 そして3年生に進級した春、俺たちに転機が訪れる。俺と美月は同じクラスになり、共に学級委員に選出されたのだ。


「えっと、雨夜さん、1年間よろしく」

「……(ぷいっ)」

「あはは…」


 噂にたがわぬ塩対応に俺は心が折れそうになり、出来ればこの子には関わりたくないと本気で思った。しかし、だからと言って学級委員として働かないわけには行かない。

 俺たちは同じ学級委員でありながら、言葉を交わさないまま任された仕事をまさに黙々と熟して行った。俺にとっては苦行とも言える日々だった。


 ある日の放課後、俺と美月は担任から雑用を仰せつかった。近々授業で使う副教材を図書室から教室に運べと言うのである。俺たちはいつもどおり、お互いに無言のまま図書室へと向かった。


「(これを二人で運べって、一体なに考えてるんだ)」


 図書室に入って唖然とした。テーブルには3種類の副教材が各クラスの人数分積まれていたのだ。俺は内心でため息を吐きながら、合計で105冊ある自分のクラスの副教材を取り敢えず二つに分けた。


「よいしょっと」

「え…」


 俺が片方の山を両手で抱え上げると、少し離れて立っていた美月が戸惑う気配がした。けれど、俺は構わずにさっさと図書室を後にした。


「(流石に70冊はやり過ぎだったか…)」


 箱に詰め込んであるならまだしも、ただ積み上げただけの冊子は重たいだけでなくバランスが悪い。俺は何とか重みに耐えながら、せっかく積んだ山を崩してしまわないように慎重に足を前に進めた。しかし…


「扉が閉まってるとか、勘弁してくれよ…」


 いつもは開けっ放しになっている教室の扉が、今日に限って閉められていた。多分人っ子一人いない教室を見た教職員が、ご親切にも閉めてしまったのだろう。とすれば、ひょっとしたら鍵も掛けられているかもしれない。俺は愕然として天を仰いだ。


 ガラッ…

「大丈夫、開いてる」


 半ば茫然自失で突っ立っていた俺の耳に、扉を開ける音と聞き覚えの無い女の子の声が入ってきた。徐に向けた視線の先には、無表情のままこちらを見つめる美月の姿があった。


 俺はこの時初めて、彼女の本当の声を聞くことが出来たのだった。


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