第8話 恋人同士


 果たしてどれほど時間が流れただろうか。俺は美月を後ろから抱きかかえるようにして湯に浸かっていた。


「「ふ〜…」」


 甘い痺れと疲れが残った体がゆったりと癒される心地よさに、二人揃って深い息を吐いた。浴室であれほど愛し合ったのは、多分初めてじゃないだろうか。


「はあ、体に力が入らないや。私、このまま寝ちゃうかも」


 脱力し切った体を俺の胸に預けて呟く美月。実際、彼女は行為の後、力無く風呂マットに横たわっていた。


「(このままだと本当に眠ってしまうかもしれないな)」


などと思っていると、俺も少々眠気が差してきた。


「ふあ…」

「ふふ、陽翔も私とおんなじ」

「うん、俺も眠たくなって来たから、もう少し温まったら上がろうか」

「うん…、眠っちゃったら…、よろしく…」

「畏まり…って、あれ?」

「すぅ…」


 言うが早いか、美月は小さく寝息を立て始めた。この子の寝付きが良いのはいつものこととは言え、この状況には流石に驚く。俺は内心で苦笑いを浮かべながら、温まった湯に包まれて幸せそうに眠る美月を暫し眺めていた。




 ブオー…


 ドライヤーが送る風に合わせて舞うショコラブラウン。手入れの行き届いたつややかなストレートヘアは、梳いた指の間を絡まることなくサラサラと流れ落ちる。俺はドライヤーのスイッチをオフにした。


「これで大丈夫だと思うけど、どう?」

「うん、OKです。ありがとう、陽翔」


 パウダースペースの鏡越しに美月が微笑む。俺はドライヤーを傍らに置き、座っている彼女の後ろから肩を抱きしめた。


「ありがとうを言うのは俺の方だ。君にたくさん触れられて嬉しかった」

「ふふ、それは私も同じ。貴方をたくさん感じられて嬉しかった」


 俺と美月は瞳を細めて頬を寄せ合う。やがて俺は、鏡に映った美月を見つめながら囁いた。


「さ、そろそろベッドに行こう。今度こそちゃんと眠れるよ」


 先ほどまでうたた寝をしていたので早く寝た方が良いだろうと促すと、美月は思わぬことを言い出した。


「うーん、もう眠くなくなっちゃったかも」

「え、そうなの?」

「うん、だから、ベッドでもう少し、ね?」


 小首を傾げるようにして上目遣いでこちらを見つめる美月。これほど可愛くおねだりされてNOと言えるはずがない。


「了解。でも、明日があるから、少しだけだよ?」

「ふふ、分かってますって。さ、行こ?」


 美月はスッと立ち上がって俺の腕を抱きしめた。俺たちは笑顔を交わしながら、パウダースペースを後にしたのだった。


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