第6話 入浴

 ザー…、キュッ


「ふ〜、サッパリした」


 洗髪と洗顔を終えてシャワーを止め、両手で前髪を掻き上げてザッと水気を切った。まだ首から上を洗っただけだが、ここまでサッパリすればもう十分じゃないかと思う。毎日風呂に入っているのだから、あとは下腹部さえ洗っておけば不潔になることもない。ちゃっちゃと済ませて上がってしまおう。


 と、3月までならそう思い、実際に全身を洗わずに済ませることも多かった。けれど、今は事情が違う。


「お背中流しましょうか?」


 声がする方に振り向くと、浴槽の縁に重ねた両手の甲に片頬を乗せて、柔らかな笑みを浮かべる美月と目が合う。長風呂を好む彼女はひと足先に体を洗い、温めの湯にゆったりと浸かっていた。


「いつもありがとう、お願いします」

「ふふ、お願いされました♪」


 明るい声と共にパシャリという水音が浴室に響く。目の前に現れたのは上気した肌に水滴を纏わせた美しい少女。俺は思わず見惚れてしまった。


「陽翔?」


 ポーッとしている俺を見て、美月が小首を傾げる。俺はハッと我に返り、今思ったことを正直に口にした。


「美月の裸体はだかが綺麗で見惚れちゃってた」


 美月は一瞬キョトンとしたかと思うと、桜色の頬をさらに濃く染めてモジモジする。その可愛らしい仕草に思わず胸が熱くなる。


「な、何でいきなりそんなこと…、いつも一緒にお風呂に入ってるのに…」


 確かに美月が言うとおり、俺と彼女はほとんど毎日一緒に入浴している。それなのに何を今さらと言うのはもっともだと思うし、気恥ずかしくなるのもよく分かる。けれど、こちらにも言い分がある。


「いや、だって、ただでさえ可愛い美月が最近ますます綺麗になってるし、それと昨日まで一緒に入れなかったんだよ? 見惚れちゃうに決まっ…」

「そこまでっ!」

「うわっ?!」


 俺の後ろから突然、美月が抱き付いてきた。背中でむにゅんと押し潰された豊かな膨らみの感触が、何とも言えない心地よさを与えてくれる。


「陽翔がそう言ってくれるのは嬉しいけど…、不意打ちされるとすっごくドキドキして困っちゃうよ…」

「あー、うん、そうだね。ごめん」


 今の俺の状況がまさにそれだ。美月の不意打ちにドキドキが止まらないだけでなく、下腹部が反応してしまっている。男のさがとは言え、今はまずい。ここは気持ちを落ち着けなくては。


「えっと…、背中、流してもらって良い?」

「え…? う、うん…」


 離れてくれるよう促したつもりだったのだが、美月はなかなか離れてくれない。それどころか、抱きしめる手の力をギュッと強めた。


「美月?」

「もう少し、こうしていたい…」

「え…?」

「寂しかった…、けど…、ずっと我慢してたんだもん…」

「美月…」


 俺と美月はこの1週間、風呂だけでなく、過度なスキンシップを自重していた。美月に女性特有の日が訪れていたのだ。俺たちが同居し始めてから初めてのことだった。


「うん…、そうだね、俺も寂しかった。一緒に暮らして、同じ学園に通って、1日中一緒に居られるのに」

「ねえ、陽翔…」

「うん?」

「キス、しよ?」


 美月の顔がすぐ傍にあった。

潤む瞳、上気する頬、熱い吐息、絡みつく指先、それら全てが、妹のものでは無くなっていた。


 俺と美月の関係は再びリセットされた。

13年ぶりに再会した双子の兄妹ではなく、付き合い始めてからまもなく1年を迎える恋人同士、天乃陽翔と雨夜あまや美月としての一夜が始まった。


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