第10話 乙女心

 試験勉強を終えて生徒会室をおいとました俺と美月は、和久田と共に家路に就いた。道すがら、和久田は神崎会長が俺たちの会話に口を挟んできた理由を教えてくれた。


「弟くん?」

「はい。1年生の時にそう呼ばれてたそうです」

「会長のお姉さんって、そんなに有名だったんだ」

「すっごく可愛らしい上に、秀才なんです。定期試験では常にトップの座を争ってたらしいですよ?」

「なるほどね。俺のことに自分の境遇を重ねたってわけか」


 出来の良い姉と比較され続ける日々は、相当キツかったのではないだろうか。神崎会長が普段見せている飄々とした姿は、彼が作り上げた仮面であり、鎧なのかもしれない。そう思うと、何ともやるせない気分になる。けれど、それと同時に疑問も生まれた。


「そうなるのって分かりそうなものだけど、会長さん、何で学園うちに入学したんだろう」


 俺が思い浮かべた事を美月が口にした。きっと俺たちだけでなく、誰もがそう思うに違いない。


「あの人、シスコンなんです」


 そう言って和久田はため息を吐いた。俺と美月は顔を見合わせる。多分二人とも考えている事は同じだ。


「ひまりちゃん、ちょっと聞いていい?」

「はい、何でしょう」

「ひまりちゃんって、会長さんのことが好きなの?」

「いきなりズバッと来ますか?!」


 顔を真っ赤にして慌てふためく和久田。俺たちからすれば寧ろあからさま過ぎて、ツッコミ待ちかと思ったくらいなのだが。

 観念した和久田は、神崎会長との関係を話してくれた。二人は同じマンションに住むご近所さんであり、中学校では同じ部活に所属する先輩後輩という間柄だった。


「わたしは中学校に上がる時に引っ越して来たので、幼馴染じゃないんですけどね」

「じゃあ、会長さんが居たから同じ部活に入ったわけじゃないんだ」

「まったくの偶然です。偶々一緒に帰った時に着いた先が同じマンションだったので、二人ともびっくりですよ」


 それからと言うもの、二人は部活で顔を会わせるだけでなく、度々連れ立って帰宅するようになった。そうなれば話す機会も増え、自然と距離も近づく。13歳の女の子に恋心が芽生えるには十分な環境が整ったわけだ。


「あの人が部活を引退した日に告白しようと思ったんです。でも、ダメでした」

「フラれたってこと?」

「いえ、それ以前の問題です。お姉さんと出会でくわしたんです」

「「はあ?」」



『あ、京悟、おかえり』

『あれ? 姉貴、久しぶり、今日はどうしたんだ?』

『(え? お姉さん?)』

『うん、お父さんに用事があって。京悟は彼女とデートの帰り?』

『(か、彼女?!)』

『ち、違うよ、こいつはただの後輩! 偶々同じマンションだから一緒に帰って来ただけだよ! な、ひまり、そうだよな』

『え、あ、はい…』

『てことだ。ほら姉貴、行こう。じゃあな、ひまり、また明日』

『あ、ちょっと京悟ったら、ひまりさん、ごめんなさい』

『(ええっ?!)』



「「うわぁ…」」

「この時ピンと来たんです、この人、ひょっとしてって。で、調べてみたら、それらしき話が出るわ出るわ。おまけに以前、先輩女子にご執心だったとかで、これはもうシスコン&年上好み確定だと。ちなみにその先輩女子も去年まで学園うちの生徒でした」


 和久田はもう一度ため息を吐いた。それを合図にしてこの場を静寂が支配する。暫しの沈黙を経て、美月がぽつりと呟いた。


「ひまりちゃんは、ホントに会長さんが好きなんだね」

「うん、そうだね。それでも学園に入学して、生徒会に入るくらいだからね」

「それは当然です。私が手綱を握っておかないと、浮気でもされたら堪りませんからね」

「え、手綱?」

「浮気?」

「はい、あの人彼氏ですから…って、お二人とも、どうしたんですか?」

「「今までの流れでなぜそうなるの?!」」


 お姉さんと遭遇した翌日、和久田は神崎会長から謝罪を受けると共にお付き合いを申し込まれた。何のことはない、二人は両片思いだったのだ。あの時、神崎会長が『ただの後輩』と口走ったのは、お姉さんの言葉に動揺してのことらしい。思春期の少年にはよくあることだ。


「わたし、フラれたなんて一度も言ってないと思いますけど、お二人とも早合点が過ぎますね」

「あはは…」


 和久田の話し方にも問題があるのでは? と思いつつも、これ以上話を長引かせたくない俺と美月は、乾いた笑いを返すのみに留めたのだった。


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