第3話 校舎裏

 4時間目の授業が終わってまもなく、俺は特別教室棟の裏手にある茂みの陰で息を潜めていた。一体何をしているのかと言えば、所謂、のぞきである。

目線の先にいるのは一組の男女、一人は名も知らない先輩男子、そしてもう一人は美月だった。


「ごめんなさい、私、心に決めた人がいるんです」

「そ、そうだったんだ。ごめん、迷惑だったよね」

「いえ、その…、お気持ちは嬉しかったです」

「あはは、君は優しいね。じゃあ、僕はこれで」


 肩を落とした先輩男子が立ち去るのを待って、その場でゆっくりと立ち上がる。俺の姿を見た美月は、ほっと胸を撫で下ろした。


「ふう、緊張した。やっぱりこう言うのって慣れないね」

「これで四人目、美少女も大変だ」


 今年の首席さまは、とびっきりの美少女!


 入学試験に首席で合格した美月の名は、瞬く間に学園中に知れ渡った。

入学式で新入生代表として挨拶したので1年生に知れるのは当然として、その評判があっという間に2・3年生にまで広まったのには驚いた。


「中学まではこんなこと無かったのになあ。高校生って積極的」

「彼氏彼女が欲しいお年頃だしね。暫くは仕方ないよ」

「うー、余裕綽々ー、他人事ひとごとじゃないくせにー」


 更に驚いたのは、俺までもが噂に上っていることだ。

常に美月の傍にいる男子は何者だ? と言う流れから徐々に広まったようなのだが、どう言うわけか過分な評価を頂いているらしい。美月が注目されるとは思っていたけれど、流石にこれは想定外だった。

実は俺も、この後2年生の女子生徒と会うことになっている。


「余裕があるわけじゃないけど、返事は最初から決まってるからね」

「だからこそだよー、お断りが前提で会うのって気が重い」

「それでも会って断りたいんだろ?」

「うん、こう言うのって、きっと物凄く勇気がいると思うんだ。だから、こっちはちゃんと誠意を持って返事をしたい」


 美月は優しい。

皆が皆、本心から好意を持って告白しているとは限らない。いや、寧ろそうでないことの方が多いのではないかとさえ思う。それは彼女も分かっているはずだ。

それでも美月は、これからも今日と同じようにしっかりと相手の目を見て、誠意を持って返事をするのだ。いつか現れるかもしれない、心から彼女を想って告白してくれる人に報いるために。

俺はその気持ちを大切にしたいと思う。


「そうだね。俺も美月を見習って、相手にちゃんと伝えることにするよ。俺には心に決めた人がいるって」

「うん、そうしてあげて? さ、待たせちゃうといけないから」

「ああ、分かった。それじゃあ、行って来る」


 美月に促されて待ち合わせ場所に行こうとしたところ…


 くぅ〜


何やら可愛らしいアピールが。


「あ、あはは…、今の、聞こえちゃったよね…?」


 美月が頬を桜色に染めて、上目遣いで尋ねてくる。

俺たちはまだ昼食を摂っていなかった。待たせちゃいけないのが誰かなど分かりきっている。


「美月、すぐに戻るから、一緒にお昼を食べよう」

「うん、待ってる。行ってらっしゃい、陽翔」


 俺は頬にほんのり桜色を残して微笑む美月に見送られながら、足早に女子生徒との待ち合わせ場所へ向かったのだった。


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