第2話 通学路
いつものように二人揃って1階に下りる。エントランスのドアが開くと、外からひんやりとした風が入り込んできた。
晴天とは言え晩春を迎えたばかりのこの時季、朝はまだまだ冷えることも多い。流石に吐く息が白くなるほどでは無いけれど、もっと早い時間に家を出ることになれば薄手のコートが要るかもしれない。
そんなことを考えながら、ふと隣を見ると、美月が気持ち良さそうに大きく伸びをしていた。
この子には冷たい朝の空気など、然程のものではないようだ。
「う〜ん、天気が良いと、それだけで気分が上がるね」
「そうだね、きっと今日も良い日になるよ。ほら」
「うん、行こっか♪」
明るい声に応えながら左手を差し出すと、美月は頬を緩めて右手でキュッと握ってくれる。俺も釣られるように頬を緩め、女の子らしい温かくて華奢な手を軽く握り返した。
俺たちが暮らすマンションから学園までは徒歩で15分程度、近隣には学生向けの賃貸住宅も多く、学園の制服を着た生徒が幾人か歩いていた。
その中には俺たちと同じように、今年入学したばかりの生徒もちらほら見掛けられる。
「おはよう、天乃兄妹、今日も熱々だねー」
「あ、
たった今、声を掛けて来た女子生徒はクラスメイトの
琴吹は普段、もっと遅い時間に登校している。その彼女がこの時間にここに居ると言うことは…
「おはよう、琴吹。課題なら自分でやること」
「うわっ、朝っぱらから何て冷たいお言葉! いいよーだ! わたしには美月がいるもんねー」
思ったとおり課題が目当てだった。
彼女に課題を写させてほしいと頼まれるのはこれで3度目、入学してから一月しか経っていないと言うのに、これでは先が思いやられる。
「首席さま、一生のお願いです! どうかわたくしめに課題を写させてください!」
俺に冷たくあしらわれた琴吹は、美月に向かって手のひらを合わせた。当然、この光景を見るのも3度目となる。ただし、これまでは教室での遣り取りだった。
「もう、分かったから拝まないで! 通学路でみんな見てるのに、恥ずかしいじゃない」
「やったー、流石は首席さま! 心の狭いどこかの次席さまとは大違いだよねー」
美月の言葉とは裏腹に、喜ぶ琴吹はぴょんぴょん飛び跳ねて道行く人たちの視線を誘う。彼らが注視しているのは琴吹の動きに合わせて舞う短めのスカートの中。当の本人は水色の横縞がチラ見えしていることに気付いていない。
俺は内心でため息を吐いた。
「おい琴吹、スカート…」「コラ咲耶、陽翔は咲耶のためを思って言ってくれてるんだからね? そんなこと言うんなら、私も見せてあげないよ?」
スカートの事を注意しようとした俺の声は、琴吹を
琴吹の軽口は既に承知しているので俺自身はそれほど気にしていないのだが、美月にとっては聞き捨てならない台詞だったようだ。
「ひっ?! それは困る! どうかお許しをー!」
琴吹は美月の言葉にビクンと体を震わせたかと思うと、脱兎の如く駆け出して、あっという間に見えなくなってしまった。あとに残された俺たちは、暫く呆気に取られていた。
「あの子、あんな調子で中間試験、大丈夫なのかな…」
「多分、美月頼みになるんじゃないかな」
「はあ〜、教えるのは良いんだけど、今度は土下座とかして来そう」
「先手を打って、こっちから誘うしかないんじゃないか?」
「そうだね。元々今週は図書室に通うつもりだったし、そうしよっか」
俺と美月は今後の方針を確認して、再び学園へと足を向ける。
先ほどよりもほんのりと温まった風が、歩き出した俺たちの頬をやんわりと撫でて行った。
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