兄妹で恋愛しちゃダメなんて、誰が決めたんですか?

夜宵乃月

第1話 日常の始まり

 ザー、カチャカチャ…


 風薫る季節、雲ひとつない青空が広がる爽やかな朝、俺・天乃陽翔あまのはるとはキッチンに立ち、朝食後の食器洗いに精を出していた。

食事の後片付けが面倒だと言う人は多いと思う。何かと忙しい平日の朝ともなれば尚更だろう。けれど俺にとっては、その面倒な作業が一日の始まりに欠かせないルーティーンだったりする。

食器に着いた汚れを綺麗に洗い流すと清々しい気分になり、新たな一日を晴れやかに迎えられるのだ。


「うん、今日も良い感じだ」

 ピピピッピピピッ…


 全ての食器を洗い終えたタイミングで、カウンターに置いてある時計から軽やかな電子音が流れた。そろそろ出掛ける頃合いのようだ。

俺は濡れた手をキッチンペーパーで拭ってから、アラームをオフにした。


 制服の上に着けていたエプロンを外しながら、ダイニングテーブルに視線を向ける。そこには俺が通う学園の制服に身を包んだ女の子の姿があった。


美月みつき、もうすぐ出るよ。準備できてる?」

「はーい、お弁当もバッチリだよ♪」


 笑顔を浮かべた美月が頭の後ろでまとめていた髪を解くと、ご自慢のつややかなミディアムボブがさらりと広がる。その様子を眺めていた俺は、彼女の髪型が昨日までと違うことに気が付いた。

今朝は随分と早起きしていると思ったけれど、なるほどこういうわけだったのか。


「今日は内巻きにしたんだね。良く似合ってる」


 美月は、普段は真っ直ぐに伸ばしている毛先を内側にカールさせていた。

普段の髪型も彼女の清楚な雰囲気にとても合っていると思うのだが、今日のアレンジはそれに加えて、彼女に大人びた印象を与えていた。


「ふふ、ありがと。初挑戦だったからどうかなと思ったけど、陽翔が気に入ってくれて良かった♪」


 俺に褒められたことが余程嬉しかったのか、ふにゃりと相好を崩した美月が胸に飛び込んで来た。

人懐っこい猫のように頬を擦り寄せて甘える仕草は何とも可愛らしい。いつものこととは言え、これで胸が高鳴らないわけがない。

俺は愛しさのあまり膨らみかけた情動を抑えつつ、白いうなじに掛かる髪に右手の指を通してサラサラともてあそんだ。

暫くすると、美月は小さく肩を震わせて、くすくすと笑い出す。


「陽翔にそうしてもらうの好きだけど、今日はちょっとくすぐったいかな?」


 美月の言葉に指の動きを止めて目線を落とす。俺はいつの間にか、カールした髪先で彼女の首筋をくすぐっていたようだ。


「ごめんごめん、触り心地が良くて夢中になってた」

「ふむ、それじゃあ仕方ない。次からは気を付けてくれたまえよ?」

「畏まりました。ところで閣下、そろそろ登校の時刻でございますが、いかがいたしましょう」

「え? あ、本当だ。今朝のラブラブタイムはここまでってことだね」


 時計に目をやり時刻を確認した美月が、俺からスッと体を離した。

俺は失われた温もりを名残惜しく思いながらも、彼女に倣って気持ちを切り替える。


 俺たちはいつまでも恋人気分でいるわけにはいかないのだ。


「そうだね。ここからは仲良し兄妹ってことでよろしく、美月」

「ふふ、こちらこそよろしくね? 陽翔お兄ちゃん♪」


 俺と美月の関係はたった今リセットされた。

同じ学園に通う双子の高校1年生、天乃兄妹としての日常が今日も始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る