第24話 噂の鍛錬狂い③(紫堂 命視点)

「う~ん...やっぱりそうか~じゃあ実際に会って話すまでは何もわからなそうだね~ほら、着いたよ。」


 話していると、いつの間にか鍛錬場へたどり着いていた。


「確か昼休みはシミュレーションルームにいるんだよね~」


 そう言って、姉さんは案内図を見る。


 私も授業以外で来るのは初めてだ。


 シミュレーションルームに向かいつつ、姉さんに尋ねる。


「相澤君は、ここで一体何をしているんだ?監視カメラでも確認したんだろう?」


 半年も鍛錬をしているんだ、オーガとか、グリフォンとか、強力な魔物との戦闘を見据えてシミュレーションしているに違いない。


「いや~...それがずっとゴブリン1匹相手に居合切りしてるだけなんだよね~」


「は?」


 ゴブリンは単体なら一般人でも勝てると言われている、紛うことなき最弱の魔物。


 それ一匹相手に半年も居合切りしてるだけ?ダンジョン攻略と言う学園生の本分すら放って?


 学園生として不真面目極まりない所業に、腹の底から沸々と怒りが湧いてきた。


 皆を怖がらせている上、ダンジョン攻略を放棄してただ雑魚と遊んでいるとは!


 戦うつもりはないと言ったけれど、前言撤回だ。


 相澤君、いや相澤は一発殴ってやらないと気が済まない。


 私が内心怒りを滾らせていると、前を歩いていた姉さんが突然振り向き


「鍛錬狂い君を甘く見ちゃダメだよ~」


 と咎めてきた。


「どうしてだ?ゴブリン相手に遊んでいるだけだろう?」


「まぁ、見た方が早いかもね~」


 そう言って姉さんはシミュレーションルームの扉を開ける。


 シミュレーションルームには誰の影もない。ただ、ブースの1つに「使用中」のランプが点いているだけだった。


 もう10月だ、こんな所で訓練をしているよりも、ダンジョンで実戦をしている方が、余程自分の糧になる。


 姉さんは一体何を見て、彼がただ者ではないと断じているんだ?


 姉さんは唯一使用されているブースを通り過ぎ、奥にある一室の扉を開け、


「こっちだよー」


 と手招きした。


 呼ばれるがまま部屋に入ると、そこはたくさんのモニターで埋め尽くされ、各ブースの様子が映されていた。


「ここは監視室だよ~。時々、ここをたまり場にしようとする生徒がいるから、監視しておかなきゃいけないんだ~」


 と、姉さんが説明してくれた。


 そこではやはり、たった一つのブースだけ、人が映っていた。


 真っ白な長髪に、遠目から見れば女子と見紛うような体格。


 相澤だ


 刀を携え、たった一人静かに立っている。


 姉さんはモニター前の椅子に座り


「まぁ見てなよ、叱るのは彼の実力を見てからでもいいんじゃない?」


「実力って...」


 ホログラム、しかもゴブリン相手に戦っているのを見て、一体何の実力が分かるというのか。


 納得いかないながらも相澤の様子を観察する。


 相澤は慣れた手つきで端末を操作し、一匹のゴブリンを投影し、居合の構えを取った。


 アナウンスが流れる。


「中等部1年2組、出席番号1番、相澤龍平、戦闘シミュレーションを開始します。対象:ゴブリン1体、使用武器:刀、制限時間:無し。」


 姉さんの言っていた通り、ゴブリンに居合切りをするだけらしい。


「はぁ...」


 思わずため息をついてしまう。これで一体何が分かるというのか...


 ゴブリンが雄たけびをあげ、相澤に殴りかかるその刹那。


 スバン!


 銀色の軌跡と、弾けるような音と共に、ゴブリンが真っ二つになった。


「なっ...なんだ今のは!?」


 思わず立ち上がって叫ぶ。


 姉さんが映像を巻き戻し、コマ送りで見せてくれた。


 ゴブリンが棍棒を振り上げた瞬間、流れるような動作で抜刀し、ゴブリンに斬りかかる。


 凄まじい速度の居合切り。


 目で追えるギリギリの速度で、彼はゴブリンを切り裂いていた。


 しかも、彼の周りには何のオーラも見えなかった...つまり彼は身体強化抜きであれほどの速度の居合切りをしたのか!?


 姉さんが得意げにこちらを向いて


「だから言ったでしょ~?見てからの方が良いって。」


 と、たしなめた。


「生徒会が鍛錬狂い君に目を付けた理由はもう一つあるの。それはあの子の強さ、身体強化無しであれほどの居合が出来る人はそう居ない。それに...あの子はA+の魔力を持ってるの。」


「A+って...トップクラスの探索者と同等じゃないか!?」


 なぜ入試一位じゃないんだ!?


 私の驚きをよそに姉さんは続ける。


「鍛錬狂い君の剣の腕と、魔力量を鑑みれば、ダンジョンでも活躍をするに違いない。けど、何故かダンジョンに入ろうとしない。だから、何とか説得してダンジョンに行ってもらおうって言うのが本命なんだよね~。もそろそろ本格的に始まる予定だしさ~。命はどう思う?あの子、実力的には申し分ないと思うけどな~?」


「確かに...これほどの実力があればのメンバーとしても十分な活躍をするだろう...たが、ダンジョンでの実績がなければ少し厳しいな。どうにか彼の事情を聞き出せればいいが...」


「まぁ結局そこだよね~一区切りついたら話に行ってみようか~」


「あぁ...そうだな。」


 そう言って二人で相澤君の鍛錬を見学する。


 その後も、彼はひたすらゴブリンを斬り伏せていた。


 どれも一瞬で、見惚れるほど整ったフォームの居合が繰り出される。


 けど、彼はゴブリンを斬っては録画を確認し、残念そうな顔をしていた。


 もしかして、彼は今の居合で満足できていないのか?


 時々、斬られたゴブリンの棍棒が彼に接触したりしていたが、あんなものは失敗の内に入らない。


 モンスターが最後の抵抗として武器を当ててくるのはよく有ることだ。ほとんど力尽きているから、当たったとしてもなんの問題もない。


「なんで残念そうにしてるんだろうね~」


 姉さんも同じことを思ったようで、二人で顔を見合わせ、「う~ん...?」首をかしげる。


 私たちには完璧に見えるが、いったい何が不満なんだろう?


 そうこうしてるうちに、相澤君は再びゴブリンを投影し、構える。


 ゴブリンもまた、先程までと同じように相澤君に飛びかかる。


 ゴブリンが棍棒を振り上げた


 また、一瞬のうちに斬って、不満そうな顔をするんだろうな。


 姉さんもそう思ったようで、少し退屈そうな表情をしていた。


 しかし...


「「え...?」」


 私たちの声が重なる


 相澤君は刀を抜かない


 一体何をしているんだ!?このままでは殴られるぞ!?


 ゴブリンが棍棒を振り下ろす


 避けられずに直撃するだろう、視界の端では姉さんも呆れた表情をしていた。



 当たる



 そう思った


 斬られたのは、ゴブリンの方だった。


「「え...?」」


 再び私たちの声が重なる


 目を離してはいなかった、ゴブリンの棍棒は確かに、相澤君に当たるはずだった。


 なのに、斬られているのはゴブリンで...???


「どういう事?」


 姉さんも混乱していた。


 姉さんは慌ててモニター前の機器を操作し、映像を巻き戻す。


 再び、相澤君とゴブリンが対峙する。


 ゴブリンが飛びかかる


 あ...当たる


 ゴブリンが斬られている


 何度巻き戻しても、結果は同じ


 コマ送りにしてようやく分かった。彼は確かに刀を抜き、ゴブリンを斬っている。


 速さはさっきまでと変わらないように思える、ギリギリではあるが目で追える。


 なのに認識できない、相澤君が攻撃されるとするのに、ゴブリンが斬られている。


 現実離れすぎていて、頭がおかしくなりそうだった。


「これ...現実?」


 姉さんも頭を抱えていた。


 映像をリアルタイムに戻すと、相澤君は穴が開くほどにモニターを凝視していた。


 これまで見たこともないほど、爛々らんらんと目を輝かせて録画を見ていた。


 ひとしきり録画を確認した相澤君は、満足そうに頷き、再び機器を操作した。


 アナウンスが流れる。


「中等部1年2組、出席番号1番、相澤龍平、戦闘シミュレーションを開始します。対象:ゴブリン50、使用武器:刀、制限時間:無し。」


 広いブースに、数多のゴブリンが投影される。


「なっ...!?」


 ゴブリン達が、一斉に相澤君へ襲い掛かる。


 当たる


 けど...


 ゴブリンが一匹、斬られていた。


 そして相澤君が白い軌跡を残して、


 モニターを隈なく見渡す


 白いオーラを纏った相澤君が、画面の端の方に映っていた。


 再びゴブリン達が襲い掛かる。


 当たる


 消えた


 斬られていた


 襲い掛かるたびに当たると確信し、けれどゴブリンが減っていく。


 真っ白な流星が、茶色い海を蹂躙していく。


「すごい...」


 姉さんが呟く


 モニターの中の相澤君はとても満足そうな顔で、刀を振っていた。


 その顔を見て、理解した。


 彼が成し遂げたかったのはだと


 彼以外の誰もが「当たる」と確信するギリギリのタイミングまで待ち、斬る。


 失敗したら相手の攻撃が直撃する。こんな狂気的な神業をダンジョン実戦で練習していては、命がいくつあっても足りない。


 だから彼はシミュレーションで鍛錬を積んでいたんだ。死の危険がない部屋で、完璧なタイミングを見極めるために。


 そして、彼は極めた。たった半年間で、あの神業を。


 「なんでここまで...」


 私は気になった、彼は何を思い、ここまで鍛え上げたのだろうかと。


 周囲を怯えさせてしまう程の気迫と実力を、何のために使うのか、知りたかった。


 映像に釘付けになったまま、姉さんが声を発した。


「ねぇ、命。彼をなんとしても入れるよ。とんでもない戦力になる。」


「あぁ、姉さん。でもまずは彼に話を聞こう。では思想も評価項目だ。彼が何のために力をつけたのか、何のために力を振るうのか、これらを知らずに、彼を入れることはできない。」


 そう言って互いに顔を見合わせて頷き、監視室を出る。


 相澤君のいるブースの前に立ち、ノックする。


 少しして、扉が開き真っ白な人影が現れた。


 居合を成功させた時とは打って変わって、光のない、すべてを吸い込んでしまいそうなほど真っ黒な目が、私を射抜く。


 息をのむ


 私たちよりも少し小さな体躯からは考えられない、もはや神々しさすら感じるほどの気迫が、相澤君から溢れていた。


 その気迫に少し気圧されそうになったが、しっかりと拳を握り、意を決して話掛けた。


「トレーニング中すまない。今、少しいいだろうか?」


「...」


 1秒ほど、相澤君は固まった。


 固まって、私を凝視していた。


 気のせいだろうか、彼の目に、光が戻っていくような気がした。


 永遠にすら感じられる緊張の中、彼が発した言葉は


「しっ...しししししシシ、シドッ、しどぅ、紫堂先輩!?」


 挙動不審だった。


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 次回 流石に龍平視点です。

 追記 11/17一部描写を追加及び訂正しました

 追記 11/17命先輩の口調を訂正しました

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