第22話 噂の鍛錬狂い(紫堂 命視点)

「はい、今日の授業はここでおしまい。皆、お疲れ様。ご飯をしっかり食べて、に励んでくださいね。」


 そう言って、魔法学担当の栗沢先生は教科書を閉じ、教室を出ていった。


 去り際、教室の端、とあるクラスメイトに向けてさりげなく微笑みかけていた。


 そのクラスメイトは何の反応も示さず、音もなく立ち上がり、足早に教室を出て行ってしまった。


 彼の周りの空気が一気に弛緩する。


 夏休みも明け、しばらく経った10月、クラスの一部が異様な雰囲気に包まれていた。


 原因は、今しがた教室を出ていった男子、相澤 龍平。


 入学時から、眠そうだったりやけに溌溂になったりと、様々な様子を見せていた彼だが、夏休みが明けてからはすっかり様子が変わってしまった。


 髪は真っ白になり、何とも言えない迫力のような物を纏うようになっていた。


 そのせいか、彼の席の近くのクラスメイト達はいつも、どこか緊張した様子で授業を受けている。


 入学時から頻繁に声をかけていた伊藤君も、最近は彼と話しているところを見ていない。


 彼にいったい何が起こっているのだろうか...


 相澤君が教室を出てすぐ、彼の近くの席の女子が勢いよく私に詰め寄り、おびえた様子で声をかけてきた。


「委員長...相澤君のこと何とかしてくれない!?なんかすっごい怖いんだけど!?先生たちも全然注意してくれないしさぁ!」


 その声を皮切りに、多くのクラスメイトが私の下に集まる。


「そうだよなんか言ってやってくれよ!」


「相澤のやつなんかヤバいよ!?急に髪真っ白になったし!」


「休憩中アイツの近く通るとなんか圧迫感あって気味悪いんだよ!」


「あいつのせいで授業に集中できない!!」


「もうあいつぶん殴んねぇと気が済まねえよ!!」


 と、口々に相澤君への非難が飛び交う。


 ここ一月ほどで何度もこのような糾弾が行われている。


 我慢の限界が近づき、彼に暴力を振るおうとしているものすらいた。


「みんな落ち着いてくれ、気持ちはわかるが...別に彼が何か迷惑な行為をしている訳じゃない、そんなに責めなくてもいいんじゃないか?」


 私は何とか皆を宥める。


「けど...」


 と、皆は不満そうに俯く。


 そう、彼自身が何か問題を起こしている訳じゃない。


 だから先生も相澤君を注意することが出来ない。


 ただ、そこに居るだけで皆を怖がらせてしまっている。


 かく言う私も、彼の異様な雰囲気に当てられて話すことが出来ないでいる。


 けど、このまま放置して、我慢できなくなった者が彼に危害を加えでもしたら、それこそ大問題だ。


 学級委員として、未来の迷宮治安維持官として、皆を安心させなければ!


「とは言え、皆が不安に思うのも分かる。私も一度彼と話してみて、皆を怖がらせないよう頼んでみる。それでいいな?」


 そう宣言すると、周りから安堵の声が溢れる。


「頼むよ委員長!」


「委員長が動いてくれるなら安心だぜ!」


「さすが!頼りになる~♪」


「いざとなったらぶん殴ってでも言うこと聞かせろよ!」


「え?いや流石に殴るのは...」


「も~謙遜しちゃって~もう8階層も攻略しちゃったんでしょ?だったらあんな奴ヨユーでぶっ飛ばせるって!」


「いやだから戦うわけでは...」


 何故だか血気盛んなクラスメイト達の応援を受け、


「相澤は昼休みは鍛錬場にいるらしいよー!」


 と言うアドバイスに礼を言い、教室を後にする。


 父の背中を追い、多くの人を導ける迷宮治安維持官になるために学級委員を引き受けたが...まさかこんな厄介な目に合うとは...


「これもまた治安維持官になるための試練なのか?」


 と呟き、教室を出た直後



「ねぇねぇみこと~」



 呼びかけと共に、何者かが背中に抱き着いてきた。


 いや、誰かは分かっているのだが...


ねえさん...いつも言ってるけどいきなり背中に抱き着くのはやめてくれ...倒れたら姉さんも怪我するだろう?」


「えぇ~?でもみことは倒れないでしょ~?だから大丈夫~♪」


「はぁ...」


 嘆息する。


 いきなり背中に抱き着いてきたのは、一つ上の姉、紫堂しどう まこと


 姉さんはするりと私の背から降り、私の隣に立つ。


 すると...


「あれって、生徒会の紫堂 真さんじゃない?」


「え、マジ!?2年なのに13階層まで踏破してるって噂の!?」


「ほんとに紫堂さんとそっくりじゃん!」


「どっちも綺麗...」


「なんでウチの教室に?」


 と野次馬たちクラスメイトが集まってきた。


「あちゃ~...ちょっと人が集まってきちゃったね~?歩きながら話そっか~」


 いつもの間延びした口調で言って、私の手を取って歩き出した。


 私は慌てて抗議する。


「待ってくれ姉さん!私はこれから行くところが...」


「大丈夫~鍛錬場に行くんでしょ~?」


「!?...なんでそれを!?」


「フッフッフッ~♪お姉ちゃんはなんでもお見通しなんだよ~♪」


 要領を得ない答えが返ってきて、思わず顔を顰めてしまう。


 すると姉さんは面白そうに笑って。


「冗談だよ~ちょっと前から命の教室覗いてたってだけ~」


「なら最初からそう言ってくれ...」


 姉さんは昔から私の反応を見るためだけにからかってくることがある。


 再び嘆息しつつも、姉さんに質問する。


「姉さんも、鍛錬場に用があるの?」


「うん、そうだよ~。と言うか多分、目的は命と一緒だね~」


「一緒?つまり姉さんも...」


 すると、姉さんは真剣な顔でこちらを見て言う。


「「鍛錬狂い」って噂されてるの、命のクラスの子でしょ?」


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 更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 今回からは、「なぜあの場に紫堂先輩が来たのか?」

 の話をしていきます。

 視点があっちゃこっちゃ行って分かりづらいかもしれませんが、

 なるべく早めに本編に戻れるように尽力いたしますので、

 ご容赦ください。

 11/17命先輩の口調を訂正しました

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