第20話 狂気の問題児③(栗沢 彩子視点)
「ち、ちょっと待ちなさい!!」
私も彼を追って、鍛錬場へと走った。
追っていった先、相澤君はある部屋に入っていった。
「ここは...環境訓練用アスレチックコース?」
ダンジョン内の様々な地形における対応を学ぶためのアスレチックコース、ダンジョン内の身のこなし鍛えるために利用する生徒も何人かいるって聞いたことはあるけど...
「ここで相澤君は運動能力を鍛えていたのね...」
部屋に入ると、既に相澤君が準備運動を始めていた。
「相澤君!ちょっと待ちなさい!!」
「すみません...鍛錬を...しなければならないので...」
私の制止も空しく。相澤君は走り出してしまった。
「えっ...速っ!?」
まるで短距離アスリートのようなスピードで、相澤君は走っていった。
あっという間に相澤君は遠くに行ってしまい。森林エリアへと消えていった。
「魔力を感じられなかった...身体強化を使わずにあのスピードで走ってるの!?」
私はあまり運動が得意なタイプではないから、こうなってはもう追いつけない。
「全くもう...しょうがないわね」
そう言って私は魔力を練り上げる。
「
魔法を発動すると、私の周りに大きな水の玉が大量に現れ、コース内に飛び散っていく。
水属性と光属性の複合魔法「水鏡」
水玉に映った像を、別の水玉に反射させることで映像を送り届ける魔法だ。
多くの生徒の様子を見れるように、私が開発した魔法。
言葉は届かないとしても、見守ってあげなければいけない。
まずは彼が一体どんな無茶なトレーニングをしているのか、知る必要がある。
私の周りには大きな水玉が並んで、コース内の各地の様子と、相澤君の映像を映し出している。
アスレチックコースを走る相澤君の身のこなしは、4か月前、入学式の日に見たものとは全く違っていた。
森林エリアの木々を巧みに跳び移り、全く泥を跳ねさせずに泥濘エリアを走り抜けていく。
洞窟エリアの様子は暗くて分からないけれど、それでも30秒と経たずに脱出した、全く迷うことなく脱出できている。
ランダムに現れる丸太や落とし穴のトラップも、悠々と躱し、飛び越えていく。それも全くスピードを落とさずに。
「すごい...」
思わず呟いてしまう。
あの日見た相澤君の走りは、大げさに腕と足を振り上げ、バタバタと大きな足音を立てていて、お世辞にも良い走りとは言えなかった。
それが今や、険しい地形を走破するために、最適な走りに進化している。
腕の振りとストライドは小さく、細かく。
あれだけ派手に跳んでいるのに足音も殆どない。
映像から目を離して、アスレチックコースの方に耳を澄ませてみても、葉音一つ、足音一つしない。何も知らずに入ったら無人だと思うだろう。
4か月でここまで成長するなんて、この目で見なければ信じられなかった。
しかも、たった一人で...
そんなことを考えていると、あっという間に相澤君は残りのエリアを踏破し、スタート地点まで戻ってきていた。
あれだけ激しい運動をしていたのに、息切れの一つも起こしていない。
腕時計を見る、5時40分、相澤君が鍛錬場に着いてから10分しか経っていない。
私との会話を差し引いて、走り出してから恐らく5分も経っていない。
これほどの運動能力を身に着けるために、いったいどれ程の研鑽を積んだのだろう。
それこそ、気が狂ってしまうほどの...
「相澤君...」
どう声をかけていいか分からなかった。
すると...
「よし、次」
と言って、相澤君は魔力を放出し始めた。
まさか、これだけの運動に加えて、身体強化の制御トレーニングもするつもりなの!?
驚愕したのも束の間、彼はもう身体強化を発動させていた。
今年は魔法学の中でも座学担当だから、彼の魔法が今、どうなっているのか知らなかった。
そこで私が見たものは、身体強化、その極致だった。
入学式のあの日感じた凄まじい出力、なのに荒々しさが全く感じられない。
静かに、海のように凪いでいる。
瞬間、彼は私の視界から、音もなく消失した。
少し遅れて、風が吹いたことでようやく、彼が走り出したことを理解した。
慌てて手元の「水鏡」でコース内の様子を確認する。
相澤君は先程までと同じ、しなやかで、無駄のない動きでコース内を疾走している。
しかし、それは身体強化で視力を強化して捉えられるギリギリのスピードだった。
ほんの少し気を緩めれば一瞬で見失ってしまう。
それだけのスピードにも関わらず、彼は暴走させることなく完璧に身体と魔力を制御して見せている。
枝を折ることもなく、水一つ跳ねさせず、どこにもぶつからず、音もなく、躱し、飛び越えていく...
それは、骨の一本、関節の一本、筋線維の一本にまで魔力を浸透させた上で、完璧な魔力操作を行ってようやく実現できる境地だった。
それは最早、自分の身体の動きを、関節から筋肉の動きまで全て想像し、操作しているに等しい。
なんて複雑で、無謀で、狂気的で...心惹かれるんだろう...!
噛り付くように、水鏡を見ていた
もう、教師としての役目とか、相澤君への心配とか、そんなものは跡形もなく消え去っていた
ただ、魔法を使う者としての心が、魂が震えていた
この完璧で、緻密で、美しい魔法を、ずっと見ていたいと思った
真っ白な魔力を纏い、真っ白な長髪をうねらせて、舞うように走り、跳ぶ姿はまるで、一匹の白い龍のようで...
「きれい...」
気付けば、そう呟いていた
もっと...もっと近くで見たい!この圧倒的な魅力を、間近で感じたい!
そんな思いが勝手に身体を動かしたのか、いつの間にか、コースの真ん中に立っていた。
遠くの方から、白い小さな人影が、人智を超えた速度で近づいてくる
入学式のあの日と、同じような光景だった
けどもう、あの日のようなミスを、彼はしない
私はあえて避けることなく、大きく両手を広げた
数瞬前まで最高速で走っていたのに、私にぶつかる寸前で、ピタリと止まる。
100から0へ、完璧な身体制御と魔力制御
それを間近で感じた私は、あまりの完璧さに、へたり込んでしまう。
「危ないです...よ?」
「フフッ♪そうね、危なかったわね。ごめんなさい。すぐ戻るわ...けど...今ので腰が抜けちゃったみたい。運んでくれる?さっきみたいに。」
そう言って、彼に両腕を差し出す。
「はぁ...?」
彼は不思議そうに首を傾げつつも、再び私を持ち上げ、コースの脇に下ろす。
さっきは恥ずかしかったけど、今は愛おしさすら感じられた。
担がれている間、彼の魔力を存分に感じることが出来た。とても嬉しい。
「では...」
そうして彼は再び消失した。
それから私は、彼がトレーニングを終えるまで、ずっと彼の魔法を見続けていた。
次の月曜日、大垣先生が私に声をかけてきた。
「栗沢先生、アイツと...相澤と話はできましたか?アイツ、何か教えてくれましたかね?」
私は笑顔で答える。
「ええ!お話できましたよ!やっぱり運動能力が低いのを気にしていたみたいです。「自分が納得するまではダンジョンには行かない」と...」
「自分で納得って...そんなの一人でやってたらキリないじゃないですか!?」
「えぇ...なので私も彼のトレーニングを監督して、納得できるラインを考えることにしました。今はまだその時ではないですけれど、必ず彼をダンジョンに連れ出しますよ。」
「おぉ!そうですか!優秀な栗沢先生がついてくれるんなら安心です!相澤のこと、頼みましたよ!」
「はい!お任せください!」
噓をついた。相澤君の監督なんてしていない。
ただ見ているだけ、彼の美しい魔法を。
けれど、仕方ない。彼の狂気に魅入られてしまったんだから。
彼は「極めなければ」と言っていた。
あんなに完璧な魔法でさえ、まだ先があると言っていた。
そんなの、見たいに決まっている。
もし、他の先生が相澤君の現状を知ったら、彼の鍛錬場使用許可を取り消すかもしれない。
そんなことはさせない。だから、私が彼を視ていることにする。
あの時間は、あの魔法は、私だけのものだ。
彼の
「フフッ...フフフフフフッ♪」
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