第18話 狂気の問題児(栗沢 彩子視点)

 不思議な子だな と思った。


 入学式の日だと言うのに、とんでもない出力の身体強化を暴走させて登校してきた新入生の名前は、相澤龍平君と言った。


 あまりの出力に、彼を上級生だと勘違いした私は彼をきつく叱ってしまった。


 後に彼が新入生だと分かって、私は猛省した。


 入学式は新入生にとって大事なイベントの1つ、なのに私はそれをどうでもいいことのように言ってしまった。


 けれど...


「いや、謝るのはこちらの方です。まだ魔法の使い方を習ってもないのに、身体強化魔法を使った上に暴走までさせてしまいました。叱るのは当然でしょう。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。先生もどこかのクラスの担任かもしれないのに、時間を使わせてしまって...本当に申し訳ないです。」


 相澤君はとても中学生とは思えないような丁寧さで、謝罪をしてきた。


 私はなんだか可笑しくなって、つい吹き出してしまった。


 教師生活1日目から失敗してしまったと思ったけれど、彼のような生徒がいると知れて良かった。これからの教師生活も楽しくなりそう!


 放課後、教務室に相澤君がきて、鍛錬場の早朝使用許可を貰いに来た。


 朝から鍛錬なんて真面目な子だな、と思った。


 そう言えば、と思って、教師用のパソコンで相澤君の生徒情報を確認する。


 相澤君の入試情報を確認すると、属性適性は無いながらも、なんと魔力量A+。


 探索者全体の平均魔力量であるC-を大きく超える数値だった。


 探索者養成校で魔力を鍛えた大人でさえこの数値、なのに入学時にこれだけの魔力量を持っているのは正直異常としか言いようがない。


 属性適性が無いのを差し引いても入試1位に値するのに、なぜか彼の入試順位は3位だった。


 何故だろうと思って他の項目を見ると、運動能力評価がD-、ほぼ最低に近い評価だ。


「保健室で見たときはかなり鍛えられていると思ったけれど、運動神経はあまり良くないみたいね...」


 さらに備考を確認してみる。


 両親は海外のダンジョンで活動中、そのため相澤君の保護者は彼の伯母となっていた。


「相澤君の言ってたとおり...あの丁寧なふるまいは、伯母さんの指導の賜物なのね...フフッ」


 朝の出来事を思い出して少し笑ってしまう。


「まぁ、なんにせよ、この学園で腕を磨けば、彼はきっと歴史に名を残す探索者になるわね。」


 相澤君の今後の活躍を期待しながら、退勤の準備をした。




 入学式の日から一週間。生徒たちは授業を聞いてくれるか心配だったけど、それは杞憂だった。


 皆立派な探索者を目指して、真面目に授業を聞いてくれている。


 ただ一人、相澤龍平君を除いては...


「おい、龍平!まずいって!栗沢先生メッチャこっち見てる!起きろ!」


「お...おひてる起きてる...なんか目の前真っ暗だけど...もしかして夜?...じゃあ寝てても...Zzz」


 後ろの席の伊藤君が懸命に起こそうとしているけれど、相澤くんの両目はぴっちりと閉じていた。


 私は笑顔でゆっくりと相澤くんの元へ近付く


「それは目が閉じてるからだ!まだ真っ昼間だよ!いいから起きろ!先生こっち来てるって!笑顔だけどめっちゃ怖いって!」


 相澤くんの机に辿り着き、ゆっくりと両手を上げ...


 バンッ


 思いっきり叩きつけた。


「ヴェッ!?」


 相澤君はびっくりしてひっくり返った。


「次も寝てたら、大垣先生担任にお話しして鍛錬場の早朝使用許可を取り消しますからね?」


「はい...」


 後から聞いた話だと、彼は朝早くから起きて鍛錬をしていたらしい。


 全く...それで授業を疎かにしてたら意味ないじゃない...


 入学して間もないのにこんな調子で、相澤君は大丈夫なのかしら...


 入学式の日に抱いていたはずの期待は、たった1週間で消え去ってしまった。



 けれど意外にも、それから4か月間、相澤君は真面目に授業を聞いていた。


 明らかにハイになっていたり、髪が真っ白になってしまったりしても、静かに授業を聞いていた。


 いや...真面目ではあるけど明らかに様子がおかしい!?


 相澤君にいったい何があったの!?


 今日なんて授業中、微動だにせずじっとこっち見てたんだけど?


 彼の周りだけすっごい異様な雰囲気だったんだけど!?


 心配を通り越して怖いよぉ!?


 彼に何が起きているのか知りたいけれど、私はただの魔法学担当教員、彼の担任じゃない。


 授業の合間では時間が足りないし、まして授業を止めてまで彼と話をすることはできない。


「う~ん...どうすれば....ハッ!そうだ!大垣先生なら!」


 彼の担任なら何か知っているかもしれない!


 そう思って、放課後、担任の大垣おおがきのぼる先生の元へと向かう。


「大垣先生。今、少しお時間よろしいですか?」


「おぉ!栗沢先生!どうしましたか?」


 大垣先生は私に気づくと朗らかな笑顔で迎えてくれた。


 しかし...


「あの...大垣先生のクラスの相澤君なのですが...」


 と言うと、大垣先生の笑顔は一瞬で消え去り、呆れと憔悴が混ざったような表情で、大きくため息をついた。


「はぁ...栗沢先生もですか...」


 そう言って大垣先生は眉根を揉んだ。


「他の教科担当の先生方からもしょっちゅう来るんですよ、アイツの苦情...と言うかなんと言うかが...いや授業は真面目に聞いてるんですけどね?雰囲気が怖い、とか授業中じっと見てきて怖いとか言ってて。正直私も、アイツは見ていて怖いんですよね...はぁ...教師生活長いけど教師側が怯えるレベルの問題児は見たことないですよ。」


「他の先生方もそうなんですか...それで、大垣先生は、相澤君がなぜ、あんな風になってしまったのかご存知なんですか?例えば...いじめとか」


 私がそう聞くと、大垣先生はさらに眉をひそめて言う。


「いやぁ...それが全く分からないんですよ。何回か、昼休みとか放課後にアイツを追って見たんだけど、いじめられてる様子もないし。ただダンジョンもいかずに鍛錬場に籠もってるだけなんだよなぁ。」


「え?相澤君、ダンジョンに行ってないんですか?」


「そうなんですよ!そこも問題でなぁ...学内ダンジョンの入出管理表見てみたけど、なんとダンジョン攻略記録ゼロ!一階層どころか入学してからまだ一度もダンジョンに入ってないんですよ!相澤は!アイツこのままじゃ留年しちゃいますよ!」


「えぇ...」


 衝撃の事実に思わず引いてしまう。


 確かに中等部の1年生はダンジョン探索の基礎を学ぶ学年だから、ダンジョンに潜ることは少ないけれど...


 探索者養成校なのに一度もダンジョンに入ってないってどういう事!?もう入学してから4か月も経ってるんだよ!?


「なら、彼は自由時間はずっと鍛錬場に居るってことですか?一体鍛錬場で何をしているんですか?」


「何って...そりゃぁトレーニングでしょう...本人に聞いても「鍛錬をしています」としか答えてくれないんですよ!多分、体を鍛えてるんじゃないですか?確か、入試の評価もD-でしたし...にしてもやり過ぎですよね、一時期はとても辛そうだったし...おぉ!そうだ!」


 そう言って、大垣先生は手を打ち、私に向き直った。


「栗沢先生、相澤の様子を見に行ってくれませんか?アイツは朝の5時半ごろからトレーニングを始めています。その時にあいつと直接話してやってくれませんか?」


「えぇ!5時半からですか!?」


 5時半って...相澤君そんな時間からいったい何やってるの!?


「栗沢先生は確か、教員寮にお住まいでしょう?私の家はここから遠いですし、早起きもちょっときついんですよ...」


「でも流石に平日に5時起きは...授業もありますし...」


「だったら土日にちょこっとだけ起きて見に行くだけでも大丈夫ですよ!相澤は平日休日関係なく鍛錬場にいるので!お願いします!俺も正直手に負えないんですよ...ほら、栗沢先生は入学式の日にビシッと相澤を𠮟ってたでしょう?その時みたいにあいつを𠮟ってやって下さい!」


 いや...叱ったのは勘違いだったんだけれど...まぁ良いか。どの道、相澤君とは直接話したいと思ってたもの!


「分かりました。彼を説得できるかは分かりませんが、話すだけ話してみたいと思います。」


「おぉ!本当ですか!助かります!もしアイツが何か打ち明けてくれたら、必ず俺にも伝えてください、協力しますので!」


「はい!」


 次の土曜日、私は彼の抱えるものを聞き出すため、早朝から鍛錬場へと向かった。




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 栗沢先生の話も2話分になってしまいました...

 2日ぐらい更新止まります。

 ご容赦ください。

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 11/8

 一部描写を追加しました。

 「アイツこのままじゃ留年しちゃいますよ!」と言う大垣先生のセリフと、

 

 確かに中等部の1年生はダンジョン探索の基礎を学ぶ学年だから、ダンジョンに潜ることは少ないけれど...と言う栗沢先生のモノローグです。


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