第17話 友達の狂気②(伊藤 誠也視点)

 龍平の目に気圧されてしまったけど、俺は諦められなかった。


 次の日、俺は朝早くから鍛錬場へと向かった。


 トレーニングをするためじゃない、龍平を説得するためだ。


 噂では、龍平はこの時間、禅堂で1時間ほど瞑想をしているらしい。


 今日は時間をかけて龍平を説得しよう。友達として、なんとしても龍平を正気に戻さなきゃいけない。


 禅堂に来てみると、人の気配が全くしなかった。


 なのに下駄箱には、一足だけ靴があった。龍平の物だ。


 前までは、この時間帯でも何人かここで瞑想をしていたらしいけど、龍平の気迫に耐えられなくなって、誰もいなくなってしまったんだとか。


 昨日、龍平の目を見てしまった俺には、彼らの気持ちがなんとなくわかった。


 だけど、いや、なら尚更、俺が龍平を説得しなきゃいけない。止めるチャンスは何度もあったのに、俺はそれを無視してしまったんだから。


 意を決して、禅堂の扉の前に立つ。


 やっぱり人の気配が全くない。トイレにでも行ってるのか?靴を履かずにトイレに行くことも無いだろうし...いや、今の龍平ならやりかねない...。


「考えても仕方ない、行くぞ!」


 そう言って、力いっぱい扉を開けた。


 瞬間、首元に、冷たい何かが添えられた感覚がした




 これは、刀だ


 刀が首元に添えられている


 驚いて首元を抑える


 何もない


 左右を見渡しても、誰もいない


 正面を見る


 そこには、相澤龍平と言う、人の形をしたが、座っていた。





「っ...???」


 驚きのあまり声が出なかった。


 そこにいるのは確かに俺の友達、相澤龍平なのに、心が、魂が「あいつは刀だ!危険だ!斬られるぞ!」と警鐘を鳴らしている。


 数秒、頭が真っ白になった、


 そして、人が入ってきたのに何の反応も示さず、ただ静かに座っている龍平を見て、理解する。


 あぁ...龍平は


 人の気配なんて感じられないはずだ。そこにいるのは人ではなく刀なんだから。


 理解した瞬間、知覚する。


 この空間は、さっき感じた刀の気配に満ちている。



 今、すべての方向から無数の刀が、俺の身体に刃を押し当てている。



 そんなはずないと頭では分かっているのに、気づくと体は逃げ出していた。


 禅堂から一目散に逃げ去り、寮の自室に戻る。


 そして、扉の前でへたりこんでしまった。


「っあっ....ハッ...ハッハッハァッ...ハッ・・・・」


 疲労と恐怖でうまく息が出来ない。まだ刀がまとわりついている気さえする。


 鍛え、鍛え、鍛えぬいた結果、あいつは刀に成ってしまった。


 龍平は、戻れないところまで狂ってしまった。


 いや、もう狂っているとは言えない。


 あいつ龍平は刀なんだから、ただそこに居て、斬ることだけを考えているのは当たり前なんだ。


 もう、龍平を正気に戻すことなどできない。


 いや、あいつの正気が刀としての物に置き換わったことを理解してしまった。


 その日から、俺は龍平に声をかけることはなくなった。






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