第3話 猛ダッシュと衝撃

 地面を強く踏みしめ、走り出す。


 瞬間


 ゴォッ!


 という音と共に、世界が後ろ向きに流れていった。


 ほんの一瞬前まで遠くに見えていた街路樹が高速で後方に消える。


「やっば!速すぎ!」


 しまった、魔力を放出する方法はゲームで描写されてたけど抑える方法は知らない!


 あまりの速度に体の制御が出来ない。走りながら坂を下っているときの感覚を思い出す。


 すると目の前に緑色の壁が迫ってきた。


生垣いけがき...?って、やばッ!?」


 曲がり角だ、このまま走っていては生垣に突っ込んでしまう。足を横向きに地面に押し付け急ブレーキ、それでも止まり切れず、半ばスライディングのような格好で何とかスピードを緩めて方向転換。そしてあふれる魔力に体を動かされ、再び走り出す。


 最早、「走る」というよりは、「跳ぶ」という表現が適切なように思えるほどの動きで学園まで走る。


 途中、俺と同様、遅刻ギリギリで走っている生徒を見かけたが、それも一瞬で見えなくなってしまった。


 学園の正門が見えた。時計を見るとまだ8時57分、なんというスピードだ...、走り出してから1分もかからず学園についてしまった。魔法って凄い!全然制御できないけど!


 そんなことを考えながら走っていると...、


「身体強化で走っている君!止まりなさぁぁぁぁぁあああああああい!!!!」


 と叫ぶ、かわいらしい声が聞こえた。正面を見ると、一人の女性が両手を広げながら門の前に陣取っていた。


 黒いスーツをまとった、栗色のショートボブをした背の低い女性だ、丸く大きな目を持つ、非常にかわいらしい顔をしている。...ハッ!?この人はもしや!?


 いや、観察してる場合じゃない!まずい!この距離ではもうブレーキ掛けても止まり切れない!激突してしまう!


 大声で目の前の女性に呼びかける。


「すみません!ちょっと止まれそうにないんで避けてください!」


「え!?止まれないってどういう事!?なんで思いっきり突っ込んできてるの!?まさか身体強化の制御できてないの!?えぇぇぇぇぇえええ!!??」


 正面の女性は俺の発言に混乱してしまって動けないようだ。そうだよね...普通、制御しきれてないのに強化技使って走ってくる奴いないよね...ホント申し訳ない...今度からはちゃんと制御しきれるようになってから使います...。


 いやいや、そんな反省をしている場合ではない。このままでは入学初日から人身事故で豚箱に行かされてしまう。


 止まれないなら飛び越えるしかないか...前世ではあまり運動が得意な方ではなかったが、そんなアクロバティックな動きが俺にできるだろうか?


 ええい、やってみるしかあるまい。


 女性にぶつかる直前、右足で強く地面を蹴り、跳躍。そして女性の頭上を軽々と飛び越える。おぉ...!できた!やっぱ身体強化すげぇ...!


 眼下では、女性が驚いた表情でこちらを見上げている。


 あっ...!やっぱり栗沢先生だ!


 栗沢くりさわ 彩子あやこ 「天涯の虹」において、主人公のクラスの担任を務める魔法学教師だ。可愛らしい容姿と声で俺たちプレイヤーを癒し、しかし教師らしく時に厳しさを見せて主人公たちを導く素晴らしい先生である。見た目が幼いためお酒を買おうとすると年齢確認をされるのが悩みなんだとか。ちなみに攻略対象ではないので彼女と恋仲になることはできない(血涙)


 ゲームがリリースされてしばらくたった頃。「なぜ栗沢先生を攻略できないのか!!」と過激派たちが制作会社にクレームを入れることがあった程、人気のあるキャラクターだ。かく言う俺もかなり好きなキャラクターである。


 主人公がとある戦闘で大けがを負った後、泣きながら説教してくれるイベント(スチル付き)がこれまた最高なんだよなぁ。あれで攻略対象じゃないんだから驚きですよ。


 ゴシャァッ!!!


 そんなことを考えた瞬間、俺は地面に強く打ち付けられる。しまった、着地のことを一切考えていなかった。転んだ勢いそのままにゴロゴロと転がってしまい、校庭に生えていた巨木に激突して大きく木を揺らす。


 ようやく止まれた...。身体強化のおかげで痛くはないが、どうやら木に激突した際に結構大きな音がしたらしい。校舎の方を見れば、窓を開けてこちらを見ている人がちらほらといた。


 非常に恥ずかしい...。


「だっ...大丈夫!?」


 俺を通せんぼしていた栗沢先生が、真っ青な顔でこちらへ走り寄ってきた。







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